真実の向こう側

 

Happy New Year!!
明けましておめでとうございます。

 

劇団のの、5年目の年となりました。

 

2013年:旗揚をする。
2014年:公演を続ける。
2015年:公演数を増やす。
2016年:日頃お世話になっているお客様のリクエストで演目を決める。

と、続けて参りまして、2017年はどんな年になるのか、楽しみです。

 

感覚としては、暫く10人を超えないキャストで、小さい劇場で上演を続けて来たため、
また10人以上で高円寺明石スタジオにて野田作品を上演するというのは、
2013年の旗揚公演に原点回帰したような……。

 

さて。
この『透明人間の蒸気』を上演しようと決めた2016年。

 

イギリスのオックスフォードが選らんだ「今年の言葉」は「post-truth」でした。
日本で言う、「今年の漢字」のようなものでしょうか。

 

では、「post-truth」とはどのような単語なのか……。

 

日本ではあまり使われません。
聞き馴染みがありませんね。

 

1992年に登場した造語で、歴史はまだ浅いのですが、
なんと2016年に、この言葉が使用された頻度は、前年比の2000%=20倍です。

 

直訳すると、「真実のその先」「真実-以降」「真実-以後」といったところでしょうか。

 

よく「△△が歌手デビューした時は “ポスト◇◇” なんて言われたものだよね」などと使いますが、
あの「ポスト」です。
△△さんの容姿、キャラクター、歌などは◇◇さんに似ている、或いは似せているので、
◇◇さんが年を取って引退したりスタイルを変えたりしても、
いずれ、または今からでも、△△さんがそのポジションを取って代われるのです。
△△さんは◇◇さんの後に登場した別人です。
ですから、「ポスト真実」は「真実そのもの」ではなく「その後に登場したもの」、
そして、それらは「真実」に取って代わることができるというわけです。

 

言葉の正しい定義は「客観的真実/真実よりも、感情や信念が重視される」。
たとえそれが真実でなくても、とある人たちにとってそれが真実らしいように感じたら、
それは真実になってしまうのです。

 

この言葉は昨年、イギリスのEU離脱や、アメリカの大統領選において、
何度も報道で使用されたために、「今年の言葉」に選ばれたのだそうです。
偽の数字が躍り出て1人歩きしたり、疑惑のみで非難されたり。
一世一代の決め事をする際に、判断材料として、偽の情報がその結果を左右してしまったのです。
これは恐ろしいことです。

 

2件以外の多くの出来事に対しても、
“やらせ” や捏造、流言が、ネットニュースやSNSで取り沙汰されました。

 

ロシアとウクライナでは、互いの報道機関を通じ、
画像や動画にもっともらしい字幕やタイトルを付け、偽報道合戦が繰り広げられているため、
国民たちは、怒りや敵対心を扇動されています。

 

『透明人間の蒸気』の主人公は、嘘つきの結婚詐欺師です。
彼は、口から嘘八百を機関銃のように喋りまくります。
ついてもついても尽きない嘘は、魂が宿っているのかいないのか解らない言葉たち。
そして、女たちは次々に彼の言葉に魅了され、恋に落ちてしまうのです。
真実ではないけれど、彼女たちにとっては心地の良い、信じたいと思うような言葉だったのです。

 

主人公の敵役として、旧日本軍の軍人たちを模したキャラクターたちが登場します。
当初、軍部は、主人公のことをただのつまらない悪人だと思い、人体実験の材料として起用します。
古来、解剖などの研究には死罪になった罪人が利用されることもあったので、そんなノリです。
ところが、実験が失敗し、主人公は、爆発事故の衝撃で透明人間になってしまいます。
ファンタジーですね。

 

透明人間ですから、彼の声は聞こえるけれども、姿は見えない……そんな存在って、他にもいますよね。
そう、神様です。

 

軍部は、このまま透明人間を放っておくと、
人々が「神様なのでは?」と勘違いして祭り上げるのではないかと心配し始めます。
しかも、元々彼は口が立つわけですから、人々が魅了されるのは時間の問題です。
彼らにとって大切なのは、現人神である唯一無二の天皇陛下だけ。
他に、そんな神通力や求心力を持った者が存在しては困るのです。

 

この作品の中では、
「昭和」「20世紀」を死守する旧日本軍の軍人たちと、
「21世紀」をもたらそうとする嘘つき男の対決が繰り広げられています。

 

彼らが死んでも守ろうとした「日本」は、
彼らが死ぬ思いで生き抜いて戦った「昭和」「20世紀」の先にある「21世紀」は、
嘘にまみれた社会、言霊のない言葉たちが飛び交う社会ではなかった、
そんな訴えを感じます。

 

なんともタイムリーな作品に感じてしまいますが、これが書かれたのは、なんと1991年。
丁度、2000年から2001年になる節目、世紀の境目で何が起こるか、考えられていた頃だったのでしょう。
そうして10年後の21世紀の初めに起きたのが、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件。
それから15年経った2016年が「post-truth」。
野田秀樹さんの先見の明には驚かされるばかりです。

 

2017年は、どんな年になるのか。
野田さんは、どんな目で2017年を見つめているのか。

 

『透明人間の蒸気』を題材に、皆さんと一緒に、今だからこそもう一度考えたい。
嘘と真実について、言葉の持つ魂について、そしてそれを受け取るわたしたちについて。

 

今年も宜しくお願い致します!

 

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