イスラム教を訪ねる(6)

オイル
コラム

「聖戦=ジハード」というのも、世界中で誤解されている言葉です。
元々、聖戦とは、「コーランの教えを守るための努力」そのものの意味。
「今日は眠たいからお祈りをさぼりたいけど、神様のためにがんばる!」
なんていうのも、立派なジハードに当たるそうです。

神様のため、イスラム教を守るために、大なり小なり戦うのはジハード。

例えば、自分たちの土地によそ者が攻めてきて、
自分の家族を守るため、神様から与えられた土地や財産を守るため、
武器をとって戦う、これもジハードと呼びました。
そこで、「戦争=ジハード」「イスラム教徒は戦争を正当化する」
という誤解が広がってしまったようです。

では、「ジハードだ!」と言って自爆テロをするイスラム教徒について、
他のイスラム教徒の人たちは、どう思っているのでしょうか。

本当は、イスラム教では、自殺はまず許されていません。
これは、キリスト教とも共通しています。
神様が作って与えた命だから、命を粗末にして死ぬと、地獄に落ちるのです。

自爆テロなど、自分の命と更に人の命まで奪っている。
イスラム教徒みんなが自爆テロを「英雄だ」とは思っていないのだそうです。

イスラム教徒の方々にとって、イスラム教の戒律は、
色々厳しく規制しているけれども、人間として当然行うべき内容で、
善い行いをすれば神が喜び、天国へ行ける。
人を殺していいはずがない、それは最も当然なことなので、
だから、人を殺すなんてイスラム教徒じゃない、と考える人もいます。

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では、自爆テロをする人たちは、
単純に暴力的な性格だからテロを起こすのでしょうか。
そんなはずありません。
彼らは元々イスラム教徒で、神に与えられた命を大事に生きていた人たちなのです。
それが、ある時、死をもってしても、
自分の命を犠牲にしてもいいと思ってしまう……
他人を巻き添えにして殺してもいいと思ってしまう……
そのぐらい強く強く訴えたいことがあるのです。
そして、それはテロを起こして初めて耳を傾け気付いてもらえる小さな声。
世界の大きな力に、かき消され忘れられ押さえ込まれていた怒りと悲しみの声です。

もちろん、テロは許されません。
何の罪もない人々が、恐ろしい目に遭い、傷つけられ命を奪われる、
そんなことが、あっていいはずがありません。
しかし、テロを起こすには、起こすほどの何かがあるのですから、
その動機、つまり叫び、訴え、耳を傾け思いを巡らせることが、
次のテロを防ぐ要になるのではないでしょうか。

そのテロリストは、紛れもなく、
わたしたちの暮らす社会が生んだのですから。

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