大人ならリドルをたしなめ!

劇団のの「夏の怪談スペシャル」第1作目、その名も、『縊死体』=「首吊り死体」です。ぶるぶる。
“夏の” 怪談スペシャルって言って始めましたが、半年計画になっております。
今までもキャストが「ちょっとぉ、この人間関係、もはやホラーじゃ〜ん」って言うような作品はあったのですが。『竹の木戸』とか『秋』とか。ついに来ました、本物のホラーです!

 

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皆さんこんにちは。いつも複数名が出演する作品で名演技を見せてくれている、そしてまた、後半のフリートークに多数出演している我等が梅田拓さん、初の単独作品です! パチパチパチ。

 

ところで今回『縊死体』のテキストは、解説のページをお休みさせていただきました。「本文」と「語彙」のみになります。それにはマリアナ海溝より深い理由がありまして。

 

なんだか……調べられることが、何も無かった!!

 

って、言うとサボってるみたいなんですけど、スズキさんと「何を書こうかね」って、ちゃんと何度も相談したんですよ。そして「何も書けないね……」という無力感と悟りが溢れる結論に辿り着きました。

 

『蜘蛛の糸』にはお釈迦様が出て来るので、「輪廻」とか「地獄」について書きました。
『遠くで鳴る雷』にはキュウリや雷が出て来るので、「雷の仕組み」や「キュウリのレシピ」とか書きました。

 

で……。

 

『縊死体』には、まんま縊死体が出て来るわけなんですけど。「縊死」って首吊り死のことですからね……どうしましょうね……。
詳しく調べて事細かに書くのとか、イヤだし。なんか、「世界のいろんな死に方」とか図解するの、もっとイヤだし。って、なりました。

 

しかし、作品選びや編集の過程で出た、“A4見開きにはならなかったけど、ちょっとした世間話”を、したいと思います!

 

『縊死体』お聞きになっていかがでしたでしょうか?
まだというお方、ぜひぜひ聞いてください。
吉田素子さんは、暗い部屋で1人で聞いてて、とても怖くなって、途中でやめたらしいですよ。吉田さん、ぜひぜひ最後まで聞いてください。
内容とか効果音じゃなくて、とにかく梅田くんの声で怖くなったらしいです。わたしもスズキさんも、編集・確認作業してて怖くなりました。内容じゃなくて梅田くんの声で。

 

 

怖い話だからといって暗い感じで読むんじゃなくて、ちょっと前のめりにテンション高くて明るい雰囲気が、逆に怖いんですよ。笑顔で読んでるのかな? っていう声色なのです。

 

この男、一般的にはサイコパス殺人鬼、快楽殺人のお話だと考えられています。
あ、ちがうちがう、梅田くんじゃなくて、主人公の男の話です!!
恋仲になった女性があまりに美しいから絞め殺してしまう。それで、ホッとするんですって。
えー……。
「万一こうでもしなければ、俺はキ●ガイになったかも知れないぞ」とかぬかしてるんですけど、その発想が既に貴方……! 「ぞ」じゃないですよホント。
かわいそうな女の子。本人も、「可哀想な下町娘」とかぬかしてるんですけど、じゃあ殺すなよ……! と、多くの人が憤ることでしょう。(もし、彼の気持ちが解っちゃった人がいたら、先生は怒らないので、放課後にこっそり教えてください)

 

 

このお話が書かれたのは、大正時代です。
皆さんは、エド・ゲインやバンディなどの名前をお聞きになったことはありますか? いわゆる「全米を震撼させた」系です。仰天ニュースとかアンビリーバボーで再現ドラマになるような、有名なサイコパス殺人鬼/シリアルキラーの事件。
それよりも、何十年か前に書かれたものとなっております。なんとも時代の先取りな夢野さんですね。
もしかして、自伝……? ちょっと心配になってきました。

 

主人公は、新聞を買って公園のベンチに座り、自分が殺した事件が載っていないかと、目を通すのが日課になってます。
事件が記事になってないって判ると、ニヤッとする。
これはどういう心境なんでしょう? まだ事件が世間に発覚してないっていうのが嬉しいんでしょうか? 「ハハッ、バカな警察だ。つかまえられるもんならつかまえてみな! キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン!」っていう満足感なのかなぁ? 殺人を犯してから、もう1ヶ月の間、気になっちゃってるんですね。
ご遺体も1ヶ月間放置……Oh……

 

 

ところで。
このお話の最初、「どこかの公園のベンチである」で始まるんです。そう、解らないんですよね、具体的な場所が。
そして、読み進めて行くと、踏切の名前が登場。
今回の朗読音源では、音をボカしてあるの、お気付きになりましたか? スズキさんが、機械の音でキュルキュルッと加工してるんですよ。ホラーっぽくて、すごい怖い。かっこいい編集ですね。あの部分、本文では「××踏切」って書かれてるんです。
名前がハッキリ出て来なくて、場所が判らない。

 

 

だからもう、主人公が場所をごまかして体験談を語っているのか、見た夢の話をしてる設定なのか、はたまた妄想のつもりで言っているのか、よく解らないのです。

 

そんなこと言ったら、フィクションの小説だし、本当のことだったら夢野久作さんが逮捕されちゃうし、全部ウソに決まっているのですが。
例えば、今までの独歩や芥川の作品だと、地名、季節感、時間の移り変わり、情景描写がすごいリアルで、そのリアリティーゆえに感情移入させる手法を取る。そういう “作り込みが凄い作品” に慣れてしまっているので、ぼかしぼかしされると、釈然としないのです。シュールレアリスムの絵を眺めてるようなもどかしさです。

 

そして、その釈然としない重要な一因は、「リドルストーリー」ゆえだそうですね。

 

あ、そっかぁ! リドルストーリーだからか!

 

リドルストーリーって……何ですか?

 

リドル・ストーリー (riddle story) とは、物語の形式の1つ。物語中に示された謎に明確な答えを与えないまま終了することを主題としたストーリーである。リドル (riddle) とは「なぞかけ」を意味する。
(Wikipedia様様より)

 

例えば、この作品で言うと。
主人公はある時ついに、新聞に「怪死体発見」の記事を見付けます。でも遺体は「会社員らしい若い背広男」とある。(この時点で主人公がどう思ったかは書いてありません)
とりあえず、いてもたってもいられなくなって現場に見に行くと……!? やはりの! 男が見たのは自分の遺体。「これ自分じゃん! え、警察の罠?」
など思ってびびっていると彼女の笑い声が! 「あたしの思いがおわかりになって?」
わぁぁぁ!!! こわいよぉぉぉ!!!

 

ハイ!
気付きました?

 

最初に読んだ時、わたしはもちろん、何も気付きませんでした。流すことや理解しないことについては天才的なので。
この結末をパッと読んだり聞いたりすると「あぁ〜、そういうオチか〜、殺されたの主人公か〜」と思って通り過ぎてしまうんですが……言われてみたらおかしいぞ!?
では、一緒に検証、行ってみましょう! それ!

 

まず、首くくって死んだのが男なんだとしたら、その男の死体を見ている自分って、一体誰なの……?
1ヶ月の間、新聞記事を探していたと言ってるけど、本当は男はもう死んでたの!?
死んでたけど本人は気付かなくて、幽霊になって公園にいたってこと?
もし1ヶ月前に殺されたのが男なんだとしたら、「娘」とやらは本当は死んでないはず!
死んでないんだったら、聞こえてくる女の声が言ってる「あたしの思い」って何のこと?
あ、もしかして、たった今、過去が変わってパラレルワールドになったってこと!?
つまり、1ヶ月前に死んだ女の霊に、恨みで呪い殺されたってこと?
じゃあ、やっぱり女も死んでるってことになる。そうすると、女の遺体はどこにいったの!?

 

わぁん。こんなにいっぱい矛盾点がある。書いてる自分が1番混乱しております。
こんな風に、数々の謎の連鎖が残ってしまう、というよりもどんどん生まれて行ってしまう、自己矛盾を孕んでいる、それが、恐るべし、リドルストーリーだ!
自主的に「なぞかけ」しておいて、答え言わないで終わるの、ちょっとひどくないですか? モヤモヤさせられたこっちサイドからしてみたら、軽い当て逃げ被害ですから。

 

実は、世界にはこういうモヤモヤ話がたくさんあるらしく。わざわざ創るんですよ、そういう、理論上答えが出ないやつを。
なにせ、リドルストーリーには「知的な読後感」があるそうです。まぁ、たしかに頭使うしね……。モヤモヤしたい人とか、哲学したい人とかには、結構ウケがいいみたいです。頭がいい人にも、かなり人気っぽいです。(っていう情報の出どころが『NAV●Rまとめ』なのが、早速賢くなさそうなんですけど)
大人の味なんですね、きっと! 松前漬けとか。カニ味噌とか。スコッチとか! トリックアートとか現代音楽が解る人は、いけるんじゃないですか?(謎の偏見)

 

わたし、いくつか読んだけど、無理でした、リドル! モヤモヤする。
まだ早かったみたいです。ずっとオムライスとハンバーグでいいです。
やっぱ、大人の階段リドルでのぼる、その先に待っているのは、謎の答えじゃなくて、無駄に謎かけされても寛容でいられる心構えなのでしょう。

遠くに流れるキュウリ

きゅうり

 

さてさて、今回公開された『遠くで鳴る雷』。
どんな、お話なのか。
本編の後の、スズキヨシコ、吉田素子、梅田拓のトークを聞いた後、
この記事を読んでいただけましたら、幸いです!

 

まず、作者=小川未明(おがわみめい)さん。
この方は、「日本のアンデルセン」なんて呼ばれてる人で。
彼が日常生活において「おい、アンデルセン!」
などと呼び掛けられていたのかは謎ですが。
で、「紀州のドンファン」さんは、
「ねぇ、ドンファンさん」って呼ばれてたんですか?

 

アンデルセンの異名の通り、未明さんは、児童文学を書く人です。
大体、明治後期〜大正時代中心〜昭和初期に掛けて、戦前に活躍しています。
ちょうど、NHK朝の連続テレビ小説『花子とアン』の時代なのです。
『花子とアン』のヒロインも英語の児童文学を翻訳していたのですが、
子どもの教育が発展し、海外から多くの児童文学が輸入・翻訳され、
ラジオでのお話の読み聞かせなども発展した時代です。
「児童文学界の三種の神器」などとも言われ、御三家の1人でした。
3人の中では、比較的、野口五郎ポジションでした。

 

小川さんの作品は、『赤い蝋燭と人魚』が有名なのではないでしょうか!
『遠くで鳴る雷』は、無名 of 無名です。

 

このお話の主人公は、少年二郎。(ラーメン二郎っぽい)
そして、あと、家族は母しか出て来ません。
トークでスズキさんが指摘している通り、
「二郎がいるからには、兄の一郎または太郎がいるはずだ」と思われます。
いきなり長男にあえての「二郎/次郎」って付けるのは、斬新すぎるし。
隠しキャラ、兄の「一郎さん」、どうしたんでしょうか。
自立したんでしょうか、メジャーリーグに行ってしまったのでしょうか。
祖父母や父も出て来ないし、三郎や四郎もいないっぽい。

 

大人の小説では、設定の細かさでリアリティーの底上げをするために、
本筋に直接絡んで来ない余分な人や物、地名が沢山出て来て、
その世界観に萌えたりするわけですが、
子どもは余分なことは頭に入らないから省くのでしょうか?

 

シンプルな物語世界。
中でも、ものすごいウェイトを占めているのが、キュウリ!
もはや、主人公は二郎じゃなくてキュウリなんではないかと。
タイトルは『遠くで鳴る雷』だけど、いや、「雷」なんて……。
最後の方にチョロッと鳴るぐらいで、キュウリと比べて、影、激薄ですから。
当時の出版社の編集さんは何を思ってこのタイトルにしたんだか。
『キュウリ』でしょ、絶対。

 

 

前半、すごいワクワクするんですよ、この話。
小学校の時、ホウセンカやアサガオを育て(させられ)ませんでしたか?
あの頃を思い出しちゃったりして、大変ほのぼのするんです。
この辺り、スズキさんの選曲で、
ピアノの練習曲っぽい感じが、大変よく合っています。

 

 

で、ある日、お母さんが遂に「GO!」と。
立派になったキュウリ!

 

きゅうり

 

お母さんが調理してくれて、おいしく食べて、ハッピーエンドだ!
まるかじりか? 浅漬け? 味噌? ピクルスか!?
って思って読み進めてたらですね!

 

お母さん、ドえらい変化球投げて来るんですね。
「これは水神様にお供えします」
「キュウリにおまえの名前書いて、川に投げて来い」
って言い出すわけですよ。

 

え!

 

ガクブルですよ。
丁寧な言葉で淡々と言うから、
なんかもう、母ってサイコパスなのかな、って思いましたよ。
いやぁ、「二郎は反抗的な態度を取らなくて偉いな」って思いました。
これがもし、そこらへんの並みの二郎なら、
「させるか!」「水神にやるキュウリなど無いわ!」
とか言って、その場でキュウリ丸呑みしちゃいますよ。

 

お母さん的には、水神様に捧げるために育ててたみたいですね。
二郎ちゃんがよく川遊びをするので、
水難事故に遭わないように、よろしくってことみたいです。

 

水神様というのは、「すいじん」とも「みずがみ」とも言い、
農業には欠かせない神様です。
何せ水田もありますし、畑にも水やりしますし。
河川の氾濫とか、日照りとか、天候にも関係あります。
怒らせずに仲良くやって行きたいわけです。
色んな姿がありまして、龍や蛇の姿をしたものであったり、
天女のようにひらひらした服装の女性だったり。
地域や、その池、川、滝などによっても、
伝わるお話や、祀ってる神様が異なってくるみたいですよ。

 

中でも、キュウリと言えば、カッパのイメージありませんか?
カッパ巻きってキュウリの海苔巻きですよね。
カッパはどっちかと言ったら妖怪カテゴリーじゃん? と思いますが、
かつては、水神様カテゴリーだったらしいです。
あと、ほら、カッパって相撲も好きじゃないですか。
好きなんですよ、相撲が。
相撲って、なんかもう最近はめくるめく色々がありましたけど、
元々は、神の前で行う、清い神事ですから。
カッパ=相撲好き=水神=キュウリも好き、です。

 

 

で、母の言い付け通り、川にキュウリを流す二郎ちゃん。
ボチャン。

 

この辺り、もう、アニメ『ラスカル』の最終回で、
少年スターリングがラスカルを自然に返すシーンぐらい泣けます。
初めて藁からミルクを吸ってくれたラスカル、
いたずらしたラスカル、一緒に眠ったラスカル、
俺のラスカルみんなのラスカル、
めくるめく走馬燈の思い出が脳内高速回転してる中、
ラスカルを残した岸から、小船で、涙ながらに離れて行くわけです。

 

「ラスカルー!!!!!!」

 

アライグマ

 

ほぼほぼ同じですよ。
あんなキュウリや、こんなキュウリ、
あの日のキュウリや、この日のキュウリ。

 

「キュウリー!!!!!!」

 

キュウリがこれからどんな目に遭うのか、今いずこか、
と、夜もぎんぎんにキュウリのことを考え続けてしまいます。
子どもの時って、そういう不安ありましたよね。
バスに置き忘れた傘が、今頃どこかで暗い倉庫で泣いてるんじゃないかって思ったり。
特に、夜1人で布団に入ってると、そういう怖い想像をしますよね。

 

なんていうか……ほんと……二郎ちゃん、きっとキュウリは大丈夫。
もしかしたら二郎ちゃんも薄々気付いてるかもだけど……
キュウリって、ほら、感情とか全然、無いじゃん?
「二郎を水神様の生贄にして村が守られる」的な話じゃなくて良かったじゃん!

 

で、この話、すごい展開が二転三転するんですよね。
わたしの想像力の限界では、
下流まで流れて行って、カッパが食べましたとさ、とか。
海まで流れて行ったキュウリは、広い世界を見ましたとさ、とか。
そんなもんじゃないですか。
とりあえず「はい、めでたし!」って感じだと思っていました。

 

ところが!
なんと、下流で乞食の子どもが発見して、拾っちゃうんですね。
初見の時(ぶっつけ収録でしたけど)声に出して「え!?」って言いました。
なんかもう、全く考えてもいなかったです、この筋を。

 

まず、わたしがびっくりしたのは、母と二郎以外の人物がいきなり登場したこと。
「人間、他におったんかい!」 っていう、その驚きが1番でした。
だから、この展開が何を表してるのか、色々考えましたけど、解らない。
「下流に貧困な集落があるのか?」「低層な階級の出身者なのかな」
「川辺の森で人目を忍んで暮らしてる親子なのかな」「水神の化身?」とか。
その人たちそのものに興味が湧いちゃって。

 

吉田さんがフリートークの中で言っているのは、
せっかく育てたキュウリを、
赤の他人が、いと簡単にかっさらって行くということに対する、
ちょっとした不満というか、「えー……」っていうガッカリ感。
これは完全に二郎目線で、子ども読者に最も近い目線だと思いました。
通過儀礼(キュウリと別れる)を経た子ども(主人公二郎)が報われず、
新参者の第三者(まだあんまり感情移入できない)が、得をした。
自分が努力したり、我慢したり、冒険したりしたら、当然、
褒められるか、何か手に入れるとか、報酬のある結末を期待します。
そりゃ、「えー……」ですよ。

 

梅田くんが唱える説は、ちょっと違って。
二郎が育てた命、キュウリというバトン、
これが、川・水という命の象徴である線を伝って、
別の子ども、すなわち、二郎と同じく未来ある存在に渡されると。
「乞食」と言うからには二郎の家庭よりも圧倒的に貧しいでしょうし。
この子はしかも、発見して拾い上げたキュウリを、その場で食べず、
恐らく同じく貧しく飢えている、母と妹に持ち帰るのだ、と。
持てる者から持たざる者への命のリレー、みたいな解釈をしたようです。
そして、ここで遠雷が鳴って「もう夏であります」と。
新しい季節への予感、夏の清涼感まで出してるんだそうな。

 

うわぁぁぁ! 達観してるよぉぉぉ!
梅田くんはもしかしたら、平成の日本において、
最も小川未明のソウルが解るメイトなんじゃないですか?

 

わたしはと言えば、
「最後に適当に雷鳴らして、ちょっとタイトルに寄せて来るのかよ!」
と思った。
以上です。
本当に文学専攻で卒業したんですかね。

 

雷

 

ちなみに、「遠雷(えんらい)」って、
遠くでゴロゴロ言ってるイメージですか?
それとも、遠くでビシャーンって鳴ってるイメージですか?
文中からは、どっちともつかないです。
ただ、数キロ先まで迫って来てます、音が聞こえてるってことは。
遠くでも意外に近いので、気を付けなければ。

 

作中では「もう夏であります」と言っていますが、もう……秋であります。
キュウリが1番おいしいシーズンを、がっつり外してしまいました。
(6月14日が世界キュウリの日らしいですね)
なので、今年はまぁ、楽しかった夏を思い出しながら聞いていただいて。
来年の6月に、もう1度聞いていただきたいと思います!

 

国民的夫

 

のあのえる、途中から合流しました。

 

ー最後は、風景で終わるんだね。

 

◆梅田:『竹の木戸』もそうだったじゃない? なんかこう、サーッと渋谷村全体の雰囲気みたいな。これは、地上から、空に向かっててさ。
◆のあ:樋口一葉の『たけくらべ』も、最後、花街の室内の空間の一輪挿しの映像から、グッと引いた外の世界の伝聞の話で終わるんだよね。
◆梅田:これは手法なのかね。
◆のあ:カメラをグッと外とか、上とかに向けるような終わり方の小説、確かに、多いかもね。
◆梅田:僕やっぱりそういうの考えちゃうね。気になっちゃう。
◆のあ:映像的な手法なのかもね! アニメの『アンパンマン』も最後、「じゃじゃじゃーん♪」ってエンディングの音楽流れて、夕焼けの山並みとかで終わるね(笑)
◆スズキ:『アンパンマン』(笑) 大河ドラマとかもそういうの多いかも。
◆のあ:1回明るいところから暗い所に行ったり、大きい所から細かい所に寄ったりね。映画の手法って文学から来てる感じあるよね。今、うちでは音声で忠実に再現するっていう活動してるけど、誰か、映像で忠実に再現するっていうの、やってしてほしいな。さぁ、したまえ。
◆梅田:「たまえ」? 「たまえ」と言ったね? 僕がするのかい?
◆のあ:うーん。じゃあ、ちょっと誰か有名な監督に頼もう。戸塚、ちょっと売り込んで来てよ。
◆戸塚:え、俺が行くの? イヤです!
◆のあ:頼んでも、「なんなんだろう、こいつら」って思われるだろうね。ていうか「なんなんだろう、あの戸塚」って思われるんだろうね。
戸塚:あの戸塚だってことは解ってくれてんのかよ、監督。
◆スズキ:良かったね。
◆梅田:ただこれ、話してたのはね、映像化するにしても、「綺麗な秋じゃないね」って話してたの。柿とか栗とか紅葉とかじゃなくて。黄ばんだ、秋の空。薄濁ってるから。
◆のあ:フランドル画の風景画みたいな淋しい感じだな。灰色と黄色が混じっているね。
◆梅田:もう、どんよりしちゃう。次はさ、花火が打ち上がるぐらい明るい物語にしよう。
◆のあ:この時代の文学って、ハッピーな話がなかなか無いよね。あったっけ。
◆スズキ:あ、無いね。思い浮かばないよ。
◆のあ:『舞姫』とか最悪だもんね。
◆梅田:最悪だね。

 

 

ー秋って言うけど、これって秋だけの話じゃないね。

 

◆のあ:結構長いスパンの話だよね。2年ぐらい経ってるね。
◆スズキ:そこが『竹の木戸』と違うね。あれは数ヶ月の話だから。
◆のあ:作品通して秋みたいなイメージ持ちがちだけど、実は結構、春、夏、秋、冬って一巡してて、それぞれの季節の話、してるんだけどね。
◆スズキ:でもさぁ、出て来る植物が松とか、ずっと夏も冬も真っ黒で、変わらないものがあるから。ずーっと、信子のつまらなさとか生活の単調さを出して来るじゃん? だから季節感とか時間の流れを感じ辛いんだよなぁ。
◆のあ:たしかに。

 

ーこの話、国木田独歩『竹の木戸』よりやるせなくなるの、何でだと思う?

 

◆梅田:僕は、あの話よりも、なんかすっごい、モヤモヤするの、これは。
◆スズキ:『竹の木戸』は、磯吉以外、わりと人間らしい感じがしたんだけど。
◆のあ:大庭家は、植木屋夫婦を切り離して、今後も何事も無かったように幸せに暮らしていくんだろうな、っていう、ハッピーエンドが半分残っている感じだったのかな。お源だけちょっと可哀想だったけれども。
◆スズキ:あれは、磯吉という特殊な人間による一時的な災害のお話だった気から。でも、こっちは、みんながみんな、解って行動した故のディザスターという風に見える。
◆のあ:お源もちょっとバカっぽい所があったもんね。自業自得っぽい所というか。解ってなくて体当たりで行動してる部分が。
◆スズキ:『秋』に出て来る人たちは、自分の投げた石がどんな波紋を呼ぶか解った上で行動してるから。そこがなんかなぁ。
◆戸塚:あ。『竹の木戸』の話は、ある程度、オチみたいなものが付いてるんだけど。『秋』は、俊吉に関してはちょっとよく解らないけど、姉妹中心に、みんなモヤモヤしたものを抱えたまま終わっている所が、ちょっとなぁ。
◆スズキ:なるほどね!
◆のあ:『竹の木戸』は、人間関係が2つ、完全にぶっ壊れて、縁が切れてるからね。そもそもお源が死んで夫婦関係が壊れるし、磯吉は大庭家と縁が切れて引っ越すし。でも、『秋』の人たちは、関係性の、と或る一部分は壊れたかもしれないけど、表面上の付き合いが続いちゃいそうな余韻があって。
◆スズキ:『竹の木戸』はフラストレーションが一度、爆発してるからね。『秋』でも、照子がもっとぶっちゃけたりしたら、スッキリしたのかもしれない。
◆梅田:照子はね、虫をね、あのヨコバイを! 潰せば良かったんだよ! ピシャンとね。それか、鶏が卵投げ付けるとか。「浮気してんじゃねーぞ!」って。それか、もう自死するか。そしたらスッキリするよ!
◆スズキ:激しいなぁ(笑) 俊吉と信子が庭から戻って来たら、照子が死んでるのか。
◆のあ:大量のヨコバイを食べてね。むしゃむしゃー!
◆梅田:え、ヨコバイ、家の中にそんなにいっぱいいたの?(笑)
◆のあ:信子も爆発すれば良かったんだよね。
◆スズキ:「譲ったんじゃねーよ、安全パイに逃げたんだよ! 金持ってる男と結婚したけど俊吉が良かったと思ってるんだよ!」って。爆発しないからだよね。
◆のあ:そっか、お源は1回、磯吉に対して爆発してるのか。泣いたりとか。爆発したのにダメだから、死んでるっていう、諦めがあるからね。
◆スズキ:そうそう、解決しようとしてるから。照子は翌日も平静を装おうとしてるじゃん。
◆のあ:でもこれがわりと現実じゃない? 『竹の木戸』みたいなことってなかなかないじゃん(笑)
◆スズキ:『竹の木戸』な日常はイヤだよ(笑)

 

 

ーだからイヤなんです。

 

◆スズキ:日常だからこそ、リアルで、なんかイヤなんだろうね、生々しくて。
◆梅田:そうそう。それなのよ。何回か、喧嘩したのに、翌朝、何事もなかったようにする場面、よく出て来るじゃない?
◆スズキ:夫と信子もそうだし、照子と信子もそう振る舞うね。
◆のあ:わたしね、そういうのできないかもしれない。「朝が来たから」「寝て起きたから」っていう理由で、話し合いに決着が着いてないのに、切り替えようと思ったことがないかもしれない。納得するまでは。翌朝も、続きを話しちゃうような気がする。「昨日のこと、わたしも悪かったけど、あなたはここに関しては謝ってほしいんだけど」って(笑)
◆梅田:僕もわりとそうなんだけど。理屈っぽいから。何か一緒にやる人と、モヤモヤはしたままやりたくはないじゃない? でも多分、この人たちは、本当に仲良くなってなくて、お互いを取り繕ってるから、そこで切り替えができちゃうんじゃないかな、って僕は思った。
◆スズキ:波風を立てないようにしているっていう。
◆のあ:気に入らないポイント話し合ってまで一緒にいたい間柄じゃないのかな。どうなんだろう、これって日本的ってことなのかな。なんか、現代だと、ハッキリ言うのは欧米風の考え方で、ぼかすのは日本風なイメージあるけど。逆にこれは、近代化してるってことなのかな。
◆スズキ:あ、どうなんだろう。江戸時代ならハッキリ言うのが文化なのかもしれない。だって、これ『竹の木戸』のお徳とお源だったら、黙っちゃいないでしょ? あそこまで行くと、理解できないじゃん。
◆梅田:そうね。「あんたぁ! 俊さんと庭にいたらしいじゃないか!」「まぁ勘弁しておくれよ!」ってね。目で殺し合っちゃうからね。
◆のあ:っていうと、近代化の象徴である大庭家に近いメンタリティーなんだろうね。お清さんとか真蔵とか。事なかれ主義に寄っている。
◆スズキ:ノーブルな人たちなんでしょうね。
◆梅田:そりゃそうでしょう。間違いなくノーブルな人たちだよ、信子さんとか夫さんとか。
◆スズキ:女学校行った後、大学まで出ちゃってさ。一橋とか。エリートだよ。

 

ー夫はエリートだけど、信子の趣味には理解が無いね。

 

◆のあ:これ、朝ドラの『花子とアン』を思い出すんだ。仲間由紀恵さんの夫役が吉田剛太郎さんで。商売で成り上がったお金持ちだけど、元々そんなに教養が無いから、妻の趣味に理解が無くて。着物とかアクセサリーは買い与えるけど、妻が何に興味を示して燃え上がっているのか、共有することができない。結局、妻は文学青年と駆け落ちする。
◆スズキ:別の生き物みたいな感じなんだろうね。
◆のあ:でも、ドラマの設定だと、彼なりに、妻のそういう面への憧れはあって、「俺は解ってやれないけど、あいつは本を読んでる時が一番幸せそうな顔をしているんだ」みたいな場面があるんだよね。
◆梅田:なんやねん! なんやねん!
◆のあ:ただし、信子が夫とは違う世界にいるとして、じゃあホントに俊吉と同じ枠の生き物なのか、信子が俊吉の世界に入れているのかっていう話だよね。

 

ー信子と夫は別行動?

 

◆のあ:ねぇ。すっごくどうでもいいことなんだけど、気になってることがあって。信子が俊吉と照子の家に泊まることになった場面あるじゃない? 「夜が更けて、とうとう泊まることになった」って。これ、どうやって夫はそれを解るのかな? 携帯かな? メールかな?
◆スズキ:あぁ。
◆のあ:現代だったらすぐ連絡して「今日泊まりになったー」とか言えるけど。この時代は何だろう? 時間決めてどこか喫茶とか旅館とか、電話あるところで電話入れるのかな。それか、「あれ? 妻、帰って来ないな。泊まりか!(納得)」ってなるのかな。心配じゃないのかな。
◆梅田:夫、忙しくしてるんでしょ。これは夫の出張について来たんでしょ、信子は。
◆スズキ:そもそも、東京に着いた後、別行動とか? 信子は実家にいて、そこから照子の家に来たとか。
◆のあ:別行動なの!?
◆スズキ:別行動なんじゃない?
◆梅田:夫はなんだか所用が沢山あって。構ってられないんじゃない?
◆のあ:構ってあげてよ(笑)
◆梅田:いやぁ、よくあるサラリーマンなんだと思うよ。そういう旦那を甲斐甲斐しくしく支えるのがいい妻、っていう。

 

 

ー夫だけ名前が無いよ!

 

◆梅田:こないだね、かおりん(Caori)と一緒に帰っててね、電車の中で「3人は役名があるけど、梅ちゃんだけ名前が無いね。夫じゃん」って言われて。「そうだね、名前が無いね!」って話をしてたの。僕だけ名前が無いの。
◆のあ:じゃ、付けよう。何がいい? 駿介?
◆スズキ:俊吉と駿介か。
◆戸塚:登場人物の半分が俺みたいになるじゃん。
◆スズキ:紛らわしい〜(笑)
◆のあ:じゃあかおりんは戸塚信子か。
◆スズキ:俺の妻は照子でしょ。
◆のあ:あ、そうか。
◆スズキ:紛らわしい〜(笑)
◆梅田:かおりんとは、「夫に名前が無いのは、ジェネラリーな、オーディナリーな、概念としての「夫」なのかな」って話してたんだ。
◆のあ:そういう大事な話は、電車じゃなくて稽古でしてよっ(笑)
◆梅田:たしかに。すまんっ(笑)
◆スズキ:『竹の木戸』の「老母」とか、「細君」とかと同じポジションじゃないかな。役割の方が重要なんじゃない?
◆のあ:そう考えると、『竹の木戸』の「礼ちゃん」「金公」「初公」は、出てすら来ないくせになんで名前あるんだろうね(笑) あえて出て来ない癖に周辺環境にリアリティーを増幅させるためかなぁ。
◆スズキ:命名基準が不思議だよね(笑)
◆梅田:でもね、この作品の夫は、やっぱり名前を付けたらダメなんだよ。僕、それは解る。その人の個性とか人格とか考え方が大事な訳じゃないから。世間一般の、この時代の「夫代表」だからさ。
◆のあ:あ、そっか。それで解った。礼ちゃんのことって、「礼ちゃん」って呼び掛けなきゃいけないじゃん? 本人に。「おい、そこの子ども」って呼べないじゃん? 金公のことを「おい、友人A」とは呼べない。お徳のことも「おい、女中」とは呼べないんだよね? でも、「ご隠居様」「奥方様」「親方」「増屋さん」は、そのままそう呼べる。真蔵のことも、「旦那様」とは呼べるけど、真蔵にはパーソナリティーがあるから、名前が付いてるんだね。この『秋』の夫は「あなた」「旦那様」「主人」って呼べれば、誰であってもいいってことだよね。
◆梅田:そうそう、真蔵は、いわゆる夫じゃないんだよ。
◆スズキ:ちょっと、まんま、作者っぽいポジションだったね。
◆梅田:そう、なんか典型的ではない性格を有していたじゃない? もし明治然とした、「1言ったら、みんながいっせいに言うこと聞く」っていうような、家父長制の、強い夫だったとしたら、明治代表の「夫」って呼ばれるかもしれないけど。そういう人じゃないし。真蔵っていうキャラクターの特異さの方が色濃く表現されてて、そこが描写されてて。でも、この夫の行動は、さもありなんって感じ。
◆スズキ:仮名付ける?
◆梅田:竹内涼真。
◆スズキ:出た(笑)
◆のあ:わたしはねぇ、昔だったら高嶋政伸さんとかだと思ってたの。でも今は凄いことになっているからなんか違うね。
◆梅田:あの人はもう妖怪の領域になっちゃったからね。ねぇ、あの人って、あんな人だった!?(笑)
◆のあ:あと、ちょっと年齢高いけど、チームナックスの安田顕さんとか。綺麗で神経質な感じの人がいいね。
◆梅田:牛乳鼻から吹き出す人か。
◆のあ:その情報無かった(笑) 同じチームだけど戸次さんでもいいね。
◆梅田:解るー。
◆スズキ:半沢直樹は?
◆梅田:あれはむしろ俊吉じゃないかな。
◆のあ:「半沢直樹」なら、むしろ滝藤さんが夫さんじゃないかな。

 

ー関西人が卑しいって酷いよね。

 

◆梅田:これは完全に芥川龍之介の偏見でしょ(笑)
◆のあ:これって、歯が抜けてて、赤いキャップ被って、ビニル袋持って、カニ道楽の前にいるおっさんのようなこと? 自動販売機の裏側とかからフラッと出て来るおじさんのこと?
◆梅田:ピンポイントだね。凄い解るけど。卑しそうだけど(笑)
◆スズキ:でも、夫さんのさ、下卑た同僚たちと意外に話が合うっていうシーンあるじゃない?
◆のあ:あったっけ?(笑)
◆戸塚:え。あったっけ……?
◆梅田:あら、そんなのあったっけ?(笑)
◆スズキ:あったよ! あ、ここ、ここ。ほら、この神戸の、舞子に行った時のこと。同僚たちとうまくやってて。信子からすると相容れない、理解できない、イメージ悪い人物たちと、意外に上手くやっているっていうか「気が合うらしかった」って書いてある。きっと、飲んだくれて「うちの嫁がさぁ」とか言うタイプなんじゃないかな。
◆梅田:そういう人って大正時代からいたんだね。
◆スズキ:ホントそう! いたんだよ!
◆梅田:受け継いでいるね、サラリーマンの遺伝子を。
◆スズキ:脈々と!
◆梅田:脈々とねぇ〜。イヤだわぁ〜。
◆スズキ:「嫁のいる家は牢獄だよ!」「小説書いてて襟が無いんだよ!」って。
◆梅田:当時からいたのか。
◆のあ:THE☆みんなの夫なのか。
◆スズキ:国民の夫。国民的夫だよ。
◆梅田:それ、なんか急に良さそうじゃん(笑)
◆のあ:芥川は、そんな夫を、ダサいというか、つまらん男だと思ってたんだろうね。
◆スズキ:うん。芥川は、俊吉側の視点から、夫を否定的な描写していると思う。

 

ー信子ってダメ主婦だよね。

 

◆スズキ:家事できない系じゃないかな。
◆のあ:当時は家にいて、全部できないとダメだったんだろうね。わたしね、この時代に、家事が無駄にプロフェッショナル化されたと思っている。女性が暇すぎて、家にいすぎて。アメリカの家電の広告とか、できる主婦の雑誌とか教本ができて、台所の設備が進化して、女学校が進化して。本来別にやらなくてもいい「やるべき」「すべき」「これがあるべき手本」っていうのが、ここでできちゃったんだと思う。現代も残っちゃってるし。
◆スズキ:「羽仁もと子」的な! ノウハウが蓄積されちゃったんだろうね。絽刺しとかね。
◆梅田:文学とかやっちゃってる時点で、ちょっと違う方に目が向いてるんだろうね。
◆スズキ:文学って、目に見える形で、生活に使い辛いからね。
◆梅田:文学やったら家事なんてできないよ。文学だもの。
◆スズキ:金にならないしな。
◆のあ:わたし、文学専攻だったんですが(笑)
◆梅田:あ、えっと、別に、何1つできないとは言ってないさ!(笑)
◆のあ:いやぁ〜結局できないんだなぁ〜(笑)

 

 

ー俊吉をどう演じるのか!?

 

◆戸塚:俺は、俊吉演じる上では、信子のことは別に従姉妹であるとか、文学の話をしている、ぐらいの認識でいていいんですよね。
◆スズキ:そうじゃないかな。
◆戸塚:これ、照子のことを好きかどうかも解らないですよね。
◆のあ:芥川は「自分の妻になる女は芸樹に理解が無いぐらいで結構」って言ってるから、ちょっとバカなぐらいが可愛いとか思っているかもしれない。
◆戸塚:多分、凄い恋愛結婚とかじゃないと思うんだけど。
◆スズキ:物足りないとか、信子の方が良かったとかは、思ってないんじゃないかな。
◆戸塚:うん、思ってないと思う。もし、本当に信子の方が良かったって思ってたら、俊吉なら、2人きりになった時に、信子に直接それを言っちゃうと思うんだよね。ただね、解らないのは、こいつが発する思わせぶりな発言とかが、特に意味が無く言ってるのか、それとも、意味があって言ってるのか。このシーンは難しそうです。
◆スズキ:芥川は解ってる。芥川は解ってるんだけど、俊吉は解ってないんじゃない? そこだよね。
◆のあ:俊吉が……解ってやってるなら……1番怖い説だよね。
◆戸塚:そう、怖いんだよ。
◆スズキ:そう、それはゲスいんだよ!
◆のあ:戸塚は、どうやるのがやりやすいの? 演技としては。解ってるていか、解ってないていか。
◆梅田:これって、俊吉が解ってやってると、もうお話が終わっちゃう気がする。「悪いのはコイツだ!」って。
◆戸塚:そうそう。聞く側が「もしかしたらこいつ解ってやってるのか?」って思うぐらいが丁度いいと思う。
◆スズキ:こっちからそれを出しちゃうとね。全体的に思わせぶりで、結論を出さない感じじゃん?
◆戸塚:結論を出さないことが、この作品の意義なのかな、って。
◆梅田:やっぱジャパ〜ンだよ。
◆のあ:でも、照子は、意外に「お姉様も好きだけど、俊吉さんは貰います」って、結構正直に言っていているよね。手紙だけど。
◆スズキ:そこが、照子の純粋であり、従順であり、弱い所でもあり、強みでもあるね。
◆梅田:そしてそれを知っていて喜ぶ、信子。ジャパ〜ンだね。
◆スズキ:そしてそれを知っていて弄ぶ俊吉だったら、もう許せないよ。
◆のあ:そして更にそれを解っている鶏。
◆梅田:鶏! 可哀想に! そりゃもう、2人が庭に来たら、寝たふりだよ(笑)
◆のあ:それか、母が黒幕だったら怖くない? 信子に縁談を持って来て、照子と俊吉をくっつけて、信子にそれを知らせる。
◆梅田:いいね、ホラーだね。

 

ーリアル俊吉の生態。

 

◆のあ:最近ね、心理を知りたいと思って、俊吉っぽいやつ3人ぐらいと友達になったんだけど。
◆梅田:お。どうだった?
◆のあ:やつらはやっぱり酒を好むね。
◆梅田:やっぱそうなんだよ。やつらには、酒なんだよ。
◆のあ:あと、やたら桜を見たがるね、この時期。
◆梅田:どうせね、夏になったら花火、秋になったら紅葉を見たがるよ、多分。そんで、冬になったら雪見したがるんだよ。理由なんて何でもいいんだよ、風流だったら。彼らが見たいのは、酒飲んでる自分だから。
◆スズキ:うわぁ。
◆のあ:よく解ってるね、その通りなんだよ。
◆梅田:俊吉はそういうやつだから。
◆のあ:あとまぁ、女たらしというよりは、本当に、根っからの人たらしだね。
◆梅田:そうそう、女だからって訳でもないんだよね、やつらは。
◆スズキ:やつらはね。人ったらし、解る。解るなぁ。
◆のあ:楽しそうでいいな、と思った。あんまり先のこととか考えてないっぽい。
◆スズキ:風来坊なんだね。
◆のあ:そう、その場が楽しくて、ほろ酔いで、桜が綺麗だったら、見たがるんだよ。見てる間が浮かれてて幸せなだけだから。
◆スズキ:だから、月見たくなるんだね。「いい月だよ」って、庭に行って、思い付きで鶏小屋見るんだろうね。全部気分なのかな。

 

 

ー従姉妹って結婚していいの?

 

◆戸塚:たしか、従姉妹は大丈夫なはず。
◆のあ:従姉妹っていいんだ! 現代でも?
◆スズキ:4等親離れてるのかな。おじさんはダメで、おじさんの子は大丈夫なんだよ。
◆梅田:ずーっと従姉妹同士が結婚する村とか、やばそうだね。そういう村さ、金田一耕助とかに出て来そう。従姉妹とは結婚しないなぁ、今の価値観で言ったらね。
◆のあ:親戚of親戚だもんね。
◆スズキ:今と親戚の捉え方が違うのかもね。