大人ならリドルをたしなめ!

劇団のの「夏の怪談スペシャル」第1作目、その名も、『縊死体』=「首吊り死体」です。ぶるぶる。
“夏の” 怪談スペシャルって言って始めましたが、半年計画になっております。
今までもキャストが「ちょっとぉ、この人間関係、もはやホラーじゃ〜ん」って言うような作品はあったのですが。『竹の木戸』とか『秋』とか。ついに来ました、本物のホラーです!

 

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皆さんこんにちは。いつも複数名が出演する作品で名演技を見せてくれている、そしてまた、後半のフリートークに多数出演している我等が梅田拓さん、初の単独作品です! パチパチパチ。

 

ところで今回『縊死体』のテキストは、解説のページをお休みさせていただきました。「本文」と「語彙」のみになります。それにはマリアナ海溝より深い理由がありまして。

 

なんだか……調べられることが、何も無かった!!

 

って、言うとサボってるみたいなんですけど、スズキさんと「何を書こうかね」って、ちゃんと何度も相談したんですよ。そして「何も書けないね……」という無力感と悟りが溢れる結論に辿り着きました。

 

『蜘蛛の糸』にはお釈迦様が出て来るので、「輪廻」とか「地獄」について書きました。
『遠くで鳴る雷』にはキュウリや雷が出て来るので、「雷の仕組み」や「キュウリのレシピ」とか書きました。

 

で……。

 

『縊死体』には、まんま縊死体が出て来るわけなんですけど。「縊死」って首吊り死のことですからね……どうしましょうね……。
詳しく調べて事細かに書くのとか、イヤだし。なんか、「世界のいろんな死に方」とか図解するの、もっとイヤだし。って、なりました。

 

しかし、作品選びや編集の過程で出た、“A4見開きにはならなかったけど、ちょっとした世間話”を、したいと思います!

 

『縊死体』お聞きになっていかがでしたでしょうか?
まだというお方、ぜひぜひ聞いてください。
吉田素子さんは、暗い部屋で1人で聞いてて、とても怖くなって、途中でやめたらしいですよ。吉田さん、ぜひぜひ最後まで聞いてください。
内容とか効果音じゃなくて、とにかく梅田くんの声で怖くなったらしいです。わたしもスズキさんも、編集・確認作業してて怖くなりました。内容じゃなくて梅田くんの声で。

 

 

怖い話だからといって暗い感じで読むんじゃなくて、ちょっと前のめりにテンション高くて明るい雰囲気が、逆に怖いんですよ。笑顔で読んでるのかな? っていう声色なのです。

 

この男、一般的にはサイコパス殺人鬼、快楽殺人のお話だと考えられています。
あ、ちがうちがう、梅田くんじゃなくて、主人公の男の話です!!
恋仲になった女性があまりに美しいから絞め殺してしまう。それで、ホッとするんですって。
えー……。
「万一こうでもしなければ、俺はキ●ガイになったかも知れないぞ」とかぬかしてるんですけど、その発想が既に貴方……! 「ぞ」じゃないですよホント。
かわいそうな女の子。本人も、「可哀想な下町娘」とかぬかしてるんですけど、じゃあ殺すなよ……! と、多くの人が憤ることでしょう。(もし、彼の気持ちが解っちゃった人がいたら、先生は怒らないので、放課後にこっそり教えてください)

 

 

このお話が書かれたのは、大正時代です。
皆さんは、エド・ゲインやバンディなどの名前をお聞きになったことはありますか? いわゆる「全米を震撼させた」系です。仰天ニュースとかアンビリーバボーで再現ドラマになるような、有名なサイコパス殺人鬼/シリアルキラーの事件。
それよりも、何十年か前に書かれたものとなっております。なんとも時代の先取りな夢野さんですね。
もしかして、自伝……? ちょっと心配になってきました。

 

主人公は、新聞を買って公園のベンチに座り、自分が殺した事件が載っていないかと、目を通すのが日課になってます。
事件が記事になってないって判ると、ニヤッとする。
これはどういう心境なんでしょう? まだ事件が世間に発覚してないっていうのが嬉しいんでしょうか? 「ハハッ、バカな警察だ。つかまえられるもんならつかまえてみな! キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン!」っていう満足感なのかなぁ? 殺人を犯してから、もう1ヶ月の間、気になっちゃってるんですね。
ご遺体も1ヶ月間放置……Oh……

 

 

ところで。
このお話の最初、「どこかの公園のベンチである」で始まるんです。そう、解らないんですよね、具体的な場所が。
そして、読み進めて行くと、踏切の名前が登場。
今回の朗読音源では、音をボカしてあるの、お気付きになりましたか? スズキさんが、機械の音でキュルキュルッと加工してるんですよ。ホラーっぽくて、すごい怖い。かっこいい編集ですね。あの部分、本文では「××踏切」って書かれてるんです。
名前がハッキリ出て来なくて、場所が判らない。

 

 

だからもう、主人公が場所をごまかして体験談を語っているのか、見た夢の話をしてる設定なのか、はたまた妄想のつもりで言っているのか、よく解らないのです。

 

そんなこと言ったら、フィクションの小説だし、本当のことだったら夢野久作さんが逮捕されちゃうし、全部ウソに決まっているのですが。
例えば、今までの独歩や芥川の作品だと、地名、季節感、時間の移り変わり、情景描写がすごいリアルで、そのリアリティーゆえに感情移入させる手法を取る。そういう “作り込みが凄い作品” に慣れてしまっているので、ぼかしぼかしされると、釈然としないのです。シュールレアリスムの絵を眺めてるようなもどかしさです。

 

そして、その釈然としない重要な一因は、「リドルストーリー」ゆえだそうですね。

 

あ、そっかぁ! リドルストーリーだからか!

 

リドルストーリーって……何ですか?

 

リドル・ストーリー (riddle story) とは、物語の形式の1つ。物語中に示された謎に明確な答えを与えないまま終了することを主題としたストーリーである。リドル (riddle) とは「なぞかけ」を意味する。
(Wikipedia様様より)

 

例えば、この作品で言うと。
主人公はある時ついに、新聞に「怪死体発見」の記事を見付けます。でも遺体は「会社員らしい若い背広男」とある。(この時点で主人公がどう思ったかは書いてありません)
とりあえず、いてもたってもいられなくなって現場に見に行くと……!? やはりの! 男が見たのは自分の遺体。「これ自分じゃん! え、警察の罠?」
など思ってびびっていると彼女の笑い声が! 「あたしの思いがおわかりになって?」
わぁぁぁ!!! こわいよぉぉぉ!!!

 

ハイ!
気付きました?

 

最初に読んだ時、わたしはもちろん、何も気付きませんでした。流すことや理解しないことについては天才的なので。
この結末をパッと読んだり聞いたりすると「あぁ〜、そういうオチか〜、殺されたの主人公か〜」と思って通り過ぎてしまうんですが……言われてみたらおかしいぞ!?
では、一緒に検証、行ってみましょう! それ!

 

まず、首くくって死んだのが男なんだとしたら、その男の死体を見ている自分って、一体誰なの……?
1ヶ月の間、新聞記事を探していたと言ってるけど、本当は男はもう死んでたの!?
死んでたけど本人は気付かなくて、幽霊になって公園にいたってこと?
もし1ヶ月前に殺されたのが男なんだとしたら、「娘」とやらは本当は死んでないはず!
死んでないんだったら、聞こえてくる女の声が言ってる「あたしの思い」って何のこと?
あ、もしかして、たった今、過去が変わってパラレルワールドになったってこと!?
つまり、1ヶ月前に死んだ女の霊に、恨みで呪い殺されたってこと?
じゃあ、やっぱり女も死んでるってことになる。そうすると、女の遺体はどこにいったの!?

 

わぁん。こんなにいっぱい矛盾点がある。書いてる自分が1番混乱しております。
こんな風に、数々の謎の連鎖が残ってしまう、というよりもどんどん生まれて行ってしまう、自己矛盾を孕んでいる、それが、恐るべし、リドルストーリーだ!
自主的に「なぞかけ」しておいて、答え言わないで終わるの、ちょっとひどくないですか? モヤモヤさせられたこっちサイドからしてみたら、軽い当て逃げ被害ですから。

 

実は、世界にはこういうモヤモヤ話がたくさんあるらしく。わざわざ創るんですよ、そういう、理論上答えが出ないやつを。
なにせ、リドルストーリーには「知的な読後感」があるそうです。まぁ、たしかに頭使うしね……。モヤモヤしたい人とか、哲学したい人とかには、結構ウケがいいみたいです。頭がいい人にも、かなり人気っぽいです。(っていう情報の出どころが『NAV●Rまとめ』なのが、早速賢くなさそうなんですけど)
大人の味なんですね、きっと! 松前漬けとか。カニ味噌とか。スコッチとか! トリックアートとか現代音楽が解る人は、いけるんじゃないですか?(謎の偏見)

 

わたし、いくつか読んだけど、無理でした、リドル! モヤモヤする。
まだ早かったみたいです。ずっとオムライスとハンバーグでいいです。
やっぱ、大人の階段リドルでのぼる、その先に待っているのは、謎の答えじゃなくて、無駄に謎かけされても寛容でいられる心構えなのでしょう。

遠くに流れるキュウリ

きゅうり

 

さてさて、今回公開された『遠くで鳴る雷』。
どんな、お話なのか。
本編の後の、スズキヨシコ、吉田素子、梅田拓のトークを聞いた後、
この記事を読んでいただけましたら、幸いです!

 

まず、作者=小川未明(おがわみめい)さん。
この方は、「日本のアンデルセン」なんて呼ばれてる人で。
彼が日常生活において「おい、アンデルセン!」
などと呼び掛けられていたのかは謎ですが。
で、「紀州のドンファン」さんは、
「ねぇ、ドンファンさん」って呼ばれてたんですか?

 

アンデルセンの異名の通り、未明さんは、児童文学を書く人です。
大体、明治後期〜大正時代中心〜昭和初期に掛けて、戦前に活躍しています。
ちょうど、NHK朝の連続テレビ小説『花子とアン』の時代なのです。
『花子とアン』のヒロインも英語の児童文学を翻訳していたのですが、
子どもの教育が発展し、海外から多くの児童文学が輸入・翻訳され、
ラジオでのお話の読み聞かせなども発展した時代です。
「児童文学界の三種の神器」などとも言われ、御三家の1人でした。
3人の中では、比較的、野口五郎ポジションでした。

 

小川さんの作品は、『赤い蝋燭と人魚』が有名なのではないでしょうか!
『遠くで鳴る雷』は、無名 of 無名です。

 

このお話の主人公は、少年二郎。(ラーメン二郎っぽい)
そして、あと、家族は母しか出て来ません。
トークでスズキさんが指摘している通り、
「二郎がいるからには、兄の一郎または太郎がいるはずだ」と思われます。
いきなり長男にあえての「二郎/次郎」って付けるのは、斬新すぎるし。
隠しキャラ、兄の「一郎さん」、どうしたんでしょうか。
自立したんでしょうか、メジャーリーグに行ってしまったのでしょうか。
祖父母や父も出て来ないし、三郎や四郎もいないっぽい。

 

大人の小説では、設定の細かさでリアリティーの底上げをするために、
本筋に直接絡んで来ない余分な人や物、地名が沢山出て来て、
その世界観に萌えたりするわけですが、
子どもは余分なことは頭に入らないから省くのでしょうか?

 

シンプルな物語世界。
中でも、ものすごいウェイトを占めているのが、キュウリ!
もはや、主人公は二郎じゃなくてキュウリなんではないかと。
タイトルは『遠くで鳴る雷』だけど、いや、「雷」なんて……。
最後の方にチョロッと鳴るぐらいで、キュウリと比べて、影、激薄ですから。
当時の出版社の編集さんは何を思ってこのタイトルにしたんだか。
『キュウリ』でしょ、絶対。

 

 

前半、すごいワクワクするんですよ、この話。
小学校の時、ホウセンカやアサガオを育て(させられ)ませんでしたか?
あの頃を思い出しちゃったりして、大変ほのぼのするんです。
この辺り、スズキさんの選曲で、
ピアノの練習曲っぽい感じが、大変よく合っています。

 

 

で、ある日、お母さんが遂に「GO!」と。
立派になったキュウリ!

 

きゅうり

 

お母さんが調理してくれて、おいしく食べて、ハッピーエンドだ!
まるかじりか? 浅漬け? 味噌? ピクルスか!?
って思って読み進めてたらですね!

 

お母さん、ドえらい変化球投げて来るんですね。
「これは水神様にお供えします」
「キュウリにおまえの名前書いて、川に投げて来い」
って言い出すわけですよ。

 

え!

 

ガクブルですよ。
丁寧な言葉で淡々と言うから、
なんかもう、母ってサイコパスなのかな、って思いましたよ。
いやぁ、「二郎は反抗的な態度を取らなくて偉いな」って思いました。
これがもし、そこらへんの並みの二郎なら、
「させるか!」「水神にやるキュウリなど無いわ!」
とか言って、その場でキュウリ丸呑みしちゃいますよ。

 

お母さん的には、水神様に捧げるために育ててたみたいですね。
二郎ちゃんがよく川遊びをするので、
水難事故に遭わないように、よろしくってことみたいです。

 

水神様というのは、「すいじん」とも「みずがみ」とも言い、
農業には欠かせない神様です。
何せ水田もありますし、畑にも水やりしますし。
河川の氾濫とか、日照りとか、天候にも関係あります。
怒らせずに仲良くやって行きたいわけです。
色んな姿がありまして、龍や蛇の姿をしたものであったり、
天女のようにひらひらした服装の女性だったり。
地域や、その池、川、滝などによっても、
伝わるお話や、祀ってる神様が異なってくるみたいですよ。

 

中でも、キュウリと言えば、カッパのイメージありませんか?
カッパ巻きってキュウリの海苔巻きですよね。
カッパはどっちかと言ったら妖怪カテゴリーじゃん? と思いますが、
かつては、水神様カテゴリーだったらしいです。
あと、ほら、カッパって相撲も好きじゃないですか。
好きなんですよ、相撲が。
相撲って、なんかもう最近はめくるめく色々がありましたけど、
元々は、神の前で行う、清い神事ですから。
カッパ=相撲好き=水神=キュウリも好き、です。

 

 

で、母の言い付け通り、川にキュウリを流す二郎ちゃん。
ボチャン。

 

この辺り、もう、アニメ『ラスカル』の最終回で、
少年スターリングがラスカルを自然に返すシーンぐらい泣けます。
初めて藁からミルクを吸ってくれたラスカル、
いたずらしたラスカル、一緒に眠ったラスカル、
俺のラスカルみんなのラスカル、
めくるめく走馬燈の思い出が脳内高速回転してる中、
ラスカルを残した岸から、小船で、涙ながらに離れて行くわけです。

 

「ラスカルー!!!!!!」

 

アライグマ

 

ほぼほぼ同じですよ。
あんなキュウリや、こんなキュウリ、
あの日のキュウリや、この日のキュウリ。

 

「キュウリー!!!!!!」

 

キュウリがこれからどんな目に遭うのか、今いずこか、
と、夜もぎんぎんにキュウリのことを考え続けてしまいます。
子どもの時って、そういう不安ありましたよね。
バスに置き忘れた傘が、今頃どこかで暗い倉庫で泣いてるんじゃないかって思ったり。
特に、夜1人で布団に入ってると、そういう怖い想像をしますよね。

 

なんていうか……ほんと……二郎ちゃん、きっとキュウリは大丈夫。
もしかしたら二郎ちゃんも薄々気付いてるかもだけど……
キュウリって、ほら、感情とか全然、無いじゃん?
「二郎を水神様の生贄にして村が守られる」的な話じゃなくて良かったじゃん!

 

で、この話、すごい展開が二転三転するんですよね。
わたしの想像力の限界では、
下流まで流れて行って、カッパが食べましたとさ、とか。
海まで流れて行ったキュウリは、広い世界を見ましたとさ、とか。
そんなもんじゃないですか。
とりあえず「はい、めでたし!」って感じだと思っていました。

 

ところが!
なんと、下流で乞食の子どもが発見して、拾っちゃうんですね。
初見の時(ぶっつけ収録でしたけど)声に出して「え!?」って言いました。
なんかもう、全く考えてもいなかったです、この筋を。

 

まず、わたしがびっくりしたのは、母と二郎以外の人物がいきなり登場したこと。
「人間、他におったんかい!」 っていう、その驚きが1番でした。
だから、この展開が何を表してるのか、色々考えましたけど、解らない。
「下流に貧困な集落があるのか?」「低層な階級の出身者なのかな」
「川辺の森で人目を忍んで暮らしてる親子なのかな」「水神の化身?」とか。
その人たちそのものに興味が湧いちゃって。

 

吉田さんがフリートークの中で言っているのは、
せっかく育てたキュウリを、
赤の他人が、いと簡単にかっさらって行くということに対する、
ちょっとした不満というか、「えー……」っていうガッカリ感。
これは完全に二郎目線で、子ども読者に最も近い目線だと思いました。
通過儀礼(キュウリと別れる)を経た子ども(主人公二郎)が報われず、
新参者の第三者(まだあんまり感情移入できない)が、得をした。
自分が努力したり、我慢したり、冒険したりしたら、当然、
褒められるか、何か手に入れるとか、報酬のある結末を期待します。
そりゃ、「えー……」ですよ。

 

梅田くんが唱える説は、ちょっと違って。
二郎が育てた命、キュウリというバトン、
これが、川・水という命の象徴である線を伝って、
別の子ども、すなわち、二郎と同じく未来ある存在に渡されると。
「乞食」と言うからには二郎の家庭よりも圧倒的に貧しいでしょうし。
この子はしかも、発見して拾い上げたキュウリを、その場で食べず、
恐らく同じく貧しく飢えている、母と妹に持ち帰るのだ、と。
持てる者から持たざる者への命のリレー、みたいな解釈をしたようです。
そして、ここで遠雷が鳴って「もう夏であります」と。
新しい季節への予感、夏の清涼感まで出してるんだそうな。

 

うわぁぁぁ! 達観してるよぉぉぉ!
梅田くんはもしかしたら、平成の日本において、
最も小川未明のソウルが解るメイトなんじゃないですか?

 

わたしはと言えば、
「最後に適当に雷鳴らして、ちょっとタイトルに寄せて来るのかよ!」
と思った。
以上です。
本当に文学専攻で卒業したんですかね。

 

雷

 

ちなみに、「遠雷(えんらい)」って、
遠くでゴロゴロ言ってるイメージですか?
それとも、遠くでビシャーンって鳴ってるイメージですか?
文中からは、どっちともつかないです。
ただ、数キロ先まで迫って来てます、音が聞こえてるってことは。
遠くでも意外に近いので、気を付けなければ。

 

作中では「もう夏であります」と言っていますが、もう……秋であります。
キュウリが1番おいしいシーズンを、がっつり外してしまいました。
(6月14日が世界キュウリの日らしいですね)
なので、今年はまぁ、楽しかった夏を思い出しながら聞いていただいて。
来年の6月に、もう1度聞いていただきたいと思います!

 

注文の多い料理店を収録しました

本日はまず、夢野久作『縊死体』の収録から。

こちらは、栗田ばねさんと、梅田拓くんが話し合って練り上げた作品です。

 

 

その間に、廊下にて、宮沢賢治『注文の多い料理店』の、最終練習。

山猫の読み方を調整しています。

 

 

 

 

で、ここで、気付いたのですが。

栗田ばねさんのテキストをのぞいてみると。

 

 

物凄い落書きが。

 

 

やっぱり劇団のののメンバーは、テキストにユニークな絵を描く人が多いですね。

これも精神鑑定に出したいな。

 

 

絶対、授業中に教科書に変なもの、いっぱい描いてたタイプの人たちですね。

 

 

さて、いよいよ、『注文の多い料理店』の収録です。

まずは、2人の紳士から。

 

 

真剣に、音をチェックしています。

 

 

 

静かに、いい子に、待機する戸塚くん。

まるで空気のようだ。

 

 

ちなみに、戸塚くんの台本を見せてもらったのですが、真面目な書き込みしかしてませんでした。

「ゆっくり」「ゆっくり」と書かれています。演劇をやっていると、どうしても早口の癖がつくかもしれません。演劇をやっていると、朗読のスピードは半分ぐらいに感じます。

 

 

こちらは、静かに待てない大人たち。

ずっと、きゃっきゃとはしゃいでいます。ずっと、笑っています。ずっと、ふざけています。

 

 

写真を撮られました。

 

 

吉田さんに、USJで買って来たおみやげを撮れと言われたので、撮りました。おしゃれですね、ハリー・ポッターのパッケージ。

 

 

吉田さんに、靴下が変だから撮るな、と言われましたが、撮りました。

 

 

言われてみたら、ズボンの縦のしましまに対して、格子模様をチョイスするあたりは、凄いセンスだ。新しい!

と思ったが、これは、吉田さんとしては、全体をモノクロのトーンでまとめたつもりだったけど、今、ズボンと靴下の模様の取り合わせがおかしい、と気付いたそうです。

そこは「あえての」と言っておけばいいと思います。

吉田さんの靴下センスの凄さには定評があり、以前、パンプスからドロンジョ様の靴下が丸見えで、同僚の方から「凄いね」と言われたそうです。

 

 

などとやっていたら、山猫の収録の番になりました。

 

 

マイクテスト中も、ずっとふざけております。

 

 

あ、スズキさん、諦めないで!

 

 

しかし、演技になると、急に真面目に。

そこは女優なのでしょうか。どこに切り替えスイッチがあるのでしょうか。なぜ、紳士の収録の間は真面目に集中していられないのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

みんな見守っております。

 

 

 

最後は、ナレーションで、締めです。安定のクオリティーでした。

 

 

これで全ての紳士、山猫、ナレーション、そして平泉成さんを収めることができました。

ディレクターとして作品をまとめてくれた栗田ばねさん、ありがとう。