解説:「竹の木戸」あらすじ -上1-

 

江戸東京博物館で撮った写真を交えつつ、お話を紹介したいと思います。

 

明治時代には、西洋の文化が流入し、東京は急速に発展しました。

ところどころに江戸の名残が。
更に、日露戦争での勝利で、景気が上昇します。

会社ができるので、当然、そこで働くサラリーマンが登場します。
当時の会社員といえば、官僚や医者のように裕福なエリートでした。

主人公の大庭真蔵は、真面目な会社員です。
東京駅の付近の会社に勤めていますが、家は東京郊外に。
せっかくお給料をもらっても、都会に住んではお金が掛かりますから、
郊外に庭付きの戸建てを持って、財産を守っていました。

真蔵には家族がいます。
67-68歳だけど現役バリバリの元気なお母さん。
29歳のちょっと病弱な妻。
7歳の娘の礼ちゃん。
妻の妹、お清さん。1度結婚して出戻っています。
23歳の住み込みの女中、お徳さん。
真蔵を合わせると、6人で暮らしています。

女中のお徳さんは口やかましく働き者で、
使用人でありながら、結構強い立場です。

 

生け垣で囲われた敷地のお隣に、物置小屋のような小さな家があります。
そこで暮らしているのは、植木屋夫婦です。

夫は、28-29歳の磯吉。
女中のお徳と同い年ぐらいの妻、お源さん。
子どもはいません。

東京郊外は、元々田園や雑木林が広がり、農家がぽつぽつあった場所です。
そこに都会から人々が移住して来ていました。
当然、彼らの生活を支えるために、お店も増えます。
家を建てる大工、庭の手入れをする植木屋、
トイレやゴミ周りのことをする汲み取り屋、クズ屋など、
多くの日雇い労働者も増えます。
こうして収入や身分の異なる人々が入り混じって暮らしていました。

大庭家は、複数の和室と縁側のある大きな家だったことでしょう。

この写真は江戸時代の長屋ですが、
おそらく植木屋夫婦はこのような一室に住んでいたと思われます。
台所と玄関はほぼ同じです。

 

2人は9月に引っ越して来ました。
植木屋夫婦の敷地には井戸がありませんので、大庭家のを借りていました。
当時は家に水道がないので、井戸水で炊事・洗濯をします。

洗濯はこんな盥で行っていたのでしょうか。

最初は表に回って玄関の門から裏庭に入っていましたが、
だんだん面倒になって来たので、裏側に通用口を作ることになります。

そこにできたのが、竹の木戸です。
竹の木戸と言っても、我々が日本庭園で見るような立派なものではありません。
磯吉が仕事に出掛ける前に、その辺の竹を切って来て適当に作ったので、
竹も青いままだし、掛け金も無くて、なんだかボロボロです。

こうして、エリートな大庭家と貧しい植木屋夫婦の、
竹の木戸を通じた不思議な交流が始まります。

 

磯吉は1日に5合の米を食べる

 

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ここからは、稽古でやった場面と、それについてキャストが話した内容をお届けします。
作品本文は、青空文庫からコピーしたものに、読み易いよう改行を加えています。
キャストが話した内容は、録音した物を文字に起こし更に編集しています。
なお、議論は明確な答えを出すものではなく、情報は必ずしも正確ではありません。
演出を付けるために自由な発想に基づいて発言しております。

 

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—今日は中馬くんが来てくれました!

◆のあ:じゃあ、今日はお源と磯吉が揃ってるから、シーン6からかな。
◆中馬:「シーン6」……とは?
◆Caori:あれ? 中馬、なんかちょっと違うの持ってる。
◆中馬:俺、本文を自分で印刷して来たんですよ。
◆のあ:え。偉い。
◆スズキ:あ、ごめん、今日、中馬の分の台本忘れて来た。
◆中馬:いやいや、俺はこれで大丈夫ですよ。
◆Caori:中馬、シーン6だよ。
◆中馬:それは何処ですか!
◆Caori:中馬、9ページだよ。
◆中馬:だからページも違うんで、これ!

 

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国木田独歩より 竹の木戸

 

 

其所へのっそり帰って来たのが亭主の磯吉である。お源は単直前借の金のことを訊いた。磯は黙って腹掛から財布を出してお源に渡した。お源は中を査めて
「たった二円」
「ああ」
「二円ばかし仕方が無いじゃアないか。どうせ前借するんだもの五円も借りて来れば可いのに」
「だって貸さなきゃ仕方がない」
「それゃそうだけど能く頼めば親方だって五円位貸してくれそうなものだ。これを御覧」
とお源は空虚の炭籠を見せて
「炭だってこれだろう。今夜お米を買ったら幾干も残りや仕ない。……」
磯は黙って煙草をふかしていたが、煙管をポンと強く打いて、膳を引寄せ手盛で飯を食い初めた。ただ白湯を打かけてザクザク流し込むのだが、それが如何にも美味そうであった。

お源は亭主のこの所為に気を呑れて黙って見ていたが山盛五六杯食って、未だ止めそうもないので呆れもし、可笑くもなり
「お前さんそんなにお腹が空いたの」
磯は更に一椀盛けながら
「俺は今日半食を食わないのだ」
「どうして」
「今日彼時から往ったら親方が厭な顔をしてこの多忙しい中を何で遅く来ると小言を言ったから、実はこれこれだって木戸の一件を話すと、そんな事は手前の勝手だって言やアがる、糞忌々しいからそれからグングン仕事に掛って二時過ぎになるとお茶飯が出たが、俺は見向も仕ないんだ。お女中が来て今日はお美味い海苔巻だから早やく来て食べろと言ったが当頭俺は往かないで仕事を仕続けてやったのだ。そんなこんなで前借のこと親方に言い出すのは全く厭だったけど、言わないじゃおられんから帰りがけに五円貸してくれろと言うと、へん仕事は怠けて前借か、俺も手前の図々しいのには敵わんよ、そらこれで可かろうって二円出して与こしたのだ。仕方が無いじゃアないか」
と磯は腹の空いた訳と二円外前借が出来なかった理由を一遍に話して了った。そして話し了ったころ漸と箸を置いた。

全体磯吉は無口の男で又た口の利きようも下手だがどうかすると啖火交りで今のように威勢の可い物の言い振をすることもある、お源にはこれが頗る嬉しかったのである。

 

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—2円ばかし?

◆Caori:ねぇ、この「二円ばかし仕方が無いじゃアないか」って、「2円だけじゃ、どうしようもないじゃん!」って意味だよね。なんか、すぐに頭の中に意味が入って来なくて、ここ、言い辛いな。
◆吉田:あぁ……そうだね、これは「たったの2円ばかりでは仕方が無い」ってことだね。
◆スズキ:「借りて来たのが2円だけだけど、まぁ仕方が無いね!」って意味に取りそうってこと?
◆Caori:そうそう。
◆のあ:この「ばかし」は「僅かばかり」の「ばかり」だね。
◆スズキ:無理に現代語の理屈で考るよりも、その前の「たった二円」を強調したら? そこで、ガックリして責めるようなニュアンス出したら?
◆吉田:そうね。もう、ガッツリ磯吉に向かって言うとか。
◆Caori:そうしよう。

 

—「炭籠」には読み方が2つある。

◆スズキ:あの。ちょっと、中馬に訊きたいんだけど。
◆中馬:えっ? 俺っ?
◆スズキ:その本文の印刷の方では、「炭籠」の振り仮名、どうなってる?
◆中馬:えーっと、「すみとり」ですね。
◆スズキ:お清が、他のシーンで、「すみかご」って言ってる箇所があるんだけど。
◆中馬:え、何処ですか?
◆吉田:シーン9じゃない? お徳がお清に質問した所でしょ。
◆スズキ:そう。そこで「いいえ、あたしは炭籠の炭ほか使わないよ」って言う。それは「すみかご」なの。
◆Coari:中馬、シーン9だよ。
◆中馬:これシーン番号とか書いてないんで。
◆Caori:18ページだよ。
◆中馬:あぁ、また全然違うヤツだ。
◆Caori:早く。
◆中馬:あ、ありました! 「で、御座いますから炭泥棒は誰だかもうわかってます!」
◆スズキ:違うなぁ。
◆吉田:もっと前。
◆中馬:え!? あ! ありました! 「すみかご」です。こっちでは「すみかご」って書いてありますね。
◆スズキ:ほぉ。じゃあ本文中「すみとり」と「すみかご」2種類の読み方が出てくるんだね。イイトコの家では「すみかご」って言うのかな。違いは判らないな。
◆のあ:「うっちゃる」に関しては3パターンぐらい漢字が出て来るしなぁ。その時の気分とかで違うのかな。

 

—お源、磯吉に対して優しいね。

◆Caori:なんかね……今読んだのだと、ちょっと読み方が優しかったね。
◆スズキ:息子に話す母みたいだった。
◆吉田:「おまえさんそんなにお腹が空いたの〜」のとこかな。
◆Caori:そう、そこね、急に母性が湧くんだよね。なんか……こんなに食べてるからさ(笑) もしかしたら、もっと育ちの悪さが滲み出るような……ぶっきらぼうな喋り方した方がいいのかな?
◆吉田:上品に聞こえるかも。
◆スズキ:結構、物解り良さそうに見える、今は。お源って、磯吉に対して、どんぐらい、うるさく言うのかな、お金のこと。
◆Caori:磯がごはんを食べ始める前は、もっと「よし、お金のことを言ってやるぞ!」っていうテンションでいいのかなぁ。
◆吉田:そうね。炭籠見せ付けたりとかして「ホラ見ろ!」って、もっと強く言ってもいいんじゃない?
◆栗田:この、お源の感情が変わってく所が、ナレーション処理だからさ。
◆吉田:ナレーション処理って、テレビじゃないんだから(笑)
◆栗田:お源のセリフの間じゃなくて、ナレーションの間にお源の気分がほぐれるから。
◆のあ:だから、この「あきれもし、おかしくもあり」になってく所を声音で表現できるかが勝負だよ。……戸塚の。
◆吉田:戸塚君の、ね(笑)
◆のあ:お源は、ほころんだ後は母性が出てもいいと思うんだけど、前半、怒ってるところは、上から温かく包み込むような叱り方じゃなくて、もっと必死に食い下がる感じの怒り方をしてみたら? 「お願いだから」って。
◆栗田:いいヤンキーだなぁ。
◆スズキ:いいヤンキー?
◆栗田:ヤンキー感がいい。深夜24時過ぎ、上下グレーのジャージにサンダルで、ドン・キホ●テにいるカップル。
◆吉田:怒り慣れてない感じとか、必死感だしていいかも。あんまり言いたくないけど、今言わなきゃダメっていう。
◆栗田:「芝浜」じゃん。
◆中馬:あぁ、「芝浜」ね!
◆吉田:シバハマ?
◆栗田:そういう落語があるんです。
◆Caori:磯吉は、このシーン通して、ずっと何も変わってないんだよな。
◆栗田:変わらないよ。何にも変わらない。
◆吉田:そうそう、ただ、お源が勝手に怒ったりほころんだりしてるだけなんだだよ。完全な独り相撲。
◆Caori:磯吉、最低だなぁ。

 

—磯吉って米を食べてるシーンばっかり。

◆Caori:こんだけ夢中になってごはん食べてたら母性湧くでしょ。
◆吉田:それは解る。
◆栗田:「ただいまお茶漬け中」みたい。CMの。めっちゃお茶漬けをガツガツ食べてて、音立てて掻き込んで、電話が鳴るんだけど、「ただいまお茶漬け中」って紙を貼って食い続けるヤツ。
◆スズキ:白米だけで5-6杯食べるんだもんね。おかずの魚とかは買わないのかな。
◆吉田:沢庵食ってるけど。お源の鳴き声聞こえないぐらいバリバリ食べてるけど。
◆のあ:この時代って、成人男性はお米を3-5合とか、食べてたらしいよ。
◆栗田:え!? めっちゃ食うなぁ。
◆スズキ:3-5合って……どのぐらいだ?
◆のあ:4-5人の家族の夕飯1食分とかかな。
◆スズキ:1日に1人で食べ過ぎじゃない?
◆のあ:この時代の人は物凄く距離を歩くから、ちゃんと消費するらしいよ。行商人とか。あ、土方歳三とか甲州街道をテクテク歩いてたじゃない? 磯吉も仕事の現場まで歩いてたんじゃない? おかずはほとんどなくて。そういうのが発展したのは大正時代なんだって。
◆スズキ:そういえば、お清と真蔵が話してるシーンで、「どうかすると、炭の代が米より高い」って言ってるじゃん。つまり、比較対象として挙がるぐらい、米が出費のメインってことだよね。
◆のあ:どっちも1-2円前後で、価格が行ったり来たりして追い抜いたりしたんだろうね。

 

ちょっと、計算してみました。

まず、明治時代末、米は、1俵=4斗=60kg=400合と定まりました。
この物語の頃のお米の価格は、1俵4-5円ぐらい。
1日に、磯吉が5合、仮に農家の妻ではないお源が3合ぐらい食べる人物だとしましょう。
1日、2人で8合食べます。
30日では、約240合食べることになります。
つまり、400合のうち240合、1俵の60%を食べます。
1ヶ月に掛かる費用は、4-5円のうち60%、2円40銭から3円ぐらい。

この時、同時に、上等の木炭=1俵15kgと決まりました。
お徳の言葉を借りれば、「1俵85銭の佐倉があれだよ」
つまり、1俵=85銭です。
お源の言葉を借りれば、「これだけあれば、うちなら10日保つ」
では、30日では3俵使うとします。
1ヶ月に掛かる費用は、85銭を3俵ですから、2円55銭です。

両者、やはり1ヶ月に掛かる値段、拮抗しています。

が、この結論は、かなり雑な検証の結果です。
まず、この頃の女性がお米を何合食べるのか、正確なデータではありません。
もしもっと食べるなら、もっとお米代が必要です。
また、植木屋は、大庭家と違って上等な佐倉を「うちなら10日」と言っていますから、
大庭家ともなると、もっと必要なのかもしれません。

ただ、炭と米がどちらも同じぐらい重要だったことはよく解ります。

《参考資料》
俵(単位)-Wikipedia
米価の変遷-Wikipedia

 

—どうしても叫んでしまう!

のあ:ねぇ!(笑) 磯吉は、なんで「仕方が無いじゃないか」の所で必ず叫ぶのさ?
栗田:叫びたい。
吉田:叫びたい!?(笑)
のあ:ダメ。
栗田:叫びたい。
Coari:めっちゃ怖いんだけど、磯吉。
栗田:え、そんな?
吉田:怖いわ!
スズキ:ちょっと「プンッ」てしてるぐらいでしょ。磯吉は動じない男なんだよ!
のあ:叫んだら、めっちゃ動揺してることになるじゃん。
栗田:え〜。
のあ:絶対、本番、叫ばないでね!?
栗田:そもそも、磯吉の喋り方って、どんななの? このさぁ、「啖呵混じり」と「威勢がいい」と「口の利きぶりが下手」というのが同時に混在できるのはどういう状況なの?
吉田:確かにね(笑) 基本は端切れがいいのかな?
スズキ:多分、普段は無口だけど。1度喋り出すと、江戸っ子っぽいのかな。
のあ:でもちょいちょい小さい「つ」が多いような。

 

当時のギャグが解らない

 

引き続き、スズキ家で稽古です。

 

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ここからは、稽古でやった場面と、それについてキャストが話した内容をお届けします。
作品本文は、青空文庫からコピーしたものに、読み易いよう改行を加えています。
キャストが話した内容は、録音した物を文字に起こし更に編集しています。
なお、議論は明確な答えを出すものではなく、情報は必ずしも正確ではありません。
演出を付けるために自由な発想に基づいて発言しております。

 

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国木田独歩より 竹の木戸

十二月に入ると急に寒気が増して霜柱は立つ、氷は張る、東京の郊外は突然に冬の特色を発揮して、流行の郊外生活にかぶれて初て郊外に住んだ連中を喫驚さした。然し大庭真蔵は慣れたもので、長靴を穿いて厚い外套を着て平気で通勤していたが、最初の日曜日は空青々と晴れ、日が煌々と輝やいて、そよ吹く風もなく、小春日和が又立返ったようなので、真蔵とお清は留守居番、老母と細君は礼ちゃんとお徳を連て下町に買物に出掛けた。

郊外から下町へ出るのは東京へ行くと称して出慣れぬ女連は外出の仕度に一騒するのである。それで老母を初め細君娘、お徳までの着変やら何かに一しきり騒しかったのが、出て去った後は一時に森となって家内は人気が絶たようになった。

真蔵は銘仙の褞袍の上へ兵古帯を巻きつけたまま日射の可い自分の書斎に寝転んで新聞を読んでいたがお午時前になると退屈になり、書斎を出て縁辺をぶらぶら歩いていると

「兄様」
と障子越しにお清が声をかけた。
「何です」
「おホホホホ『何です』だって。お午食は何にも有りませんよ」
「かしこ参りました」
「おホホホホ『かしこ参りました』だって真実に何にもないんですよ」
其処で真蔵はお清の居る部屋の障子を開けると、内ではお清がせっせと針仕事をしている。
「大変勉強だね」
「礼ちゃんの被布ですよ、良い柄でしょう」
真蔵はそれには応えず、其処辺を見廻わしていたが、
「も少し日射の好い部屋で縫ったら可さそうなものだな。そして火鉢もないじゃないか」

「未だ手が凍結るほどでもありませんよ。それにこの節は御倹約ということに決定たのですから」
「何の御倹約だろう」
「炭です」
「炭はなるほど高価なったに違ないが宅で急にそれを節約するほどのことはなかろう」
真蔵は衣食台所元のことなど一切関係しないから何も知らないのである。
「どうして兄様、十一月でさえ一月の炭の代がお米の代よりか余程上なんですもの。これから十二、一、二と先ず三月が炭の要る盛ですから倹約出来るだけ仕ないと大変ですよ。お徳が朝から晩まで炭が要る炭が高価いて泣言ばかり言うのも無理はありませんわ」
「だって炭を倹約して風邪でも引ちゃ何もなりや仕ない」
「まさかそんなことは有りませんわ」
「しかし今日は好い案排に暖かいね。母上でも今日は大丈夫だろう」
と両手を伸して大欠伸をして
「何時かしらん」
「最早直ぐ十二時でしょうよ。お午食にしましょうか」
「イヤ未だ腹が一向空かん。会社だと午食の弁当が待遠いようだけどなア」
と言いながら其処を出て勝手の座敷から女中部屋まで覗きこんだ。

 

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—急に12月になったけど。

◆梅田:うわ、もう、寒気が増して、霜柱は立つ、氷は張る。らしいよ。いや、これは寒いね。だしぬけに、ね。
◆のあ:この時の東京郊外は寒いんだろうね。まだ温暖化する前だから、今より寒いと思う。都会目線で見ると、東京から見て、八ヶ岳とか軽井沢に行くとちょっと秋が早く来るような。真蔵は慣れてるって書いてるけど。何年か前から住んでたってことが判るよね。
◆Caori:あれ。「しんと」って「森」って書くんだね。なんか意外。「シーン」じゃないだね。「しん」なんだね。

 

これについては、この当時の文学を見る限り「森と」「寂と」などの表記があります。
こちらが発祥で、無音状態を「シーン」と表記するのは後の時代の漫画などです。

 

—お清の、物語における立ち回りは凄い。

◆Caori:お清、可愛い。
◆スズキ:お清は「女子!」って感じだよね。
◆のあ:気遣いが凄いよね。周りを見ながら発言したり。間を取り持ったり。
◆梅田:もちこ(吉田)、女子大にはいたんじゃないの?
◆吉田:いた。いるけど誰誰ちゃんって言ったって解んないじゃん(笑)
◆Caori:それを自然にやってるんじゃなくて、外面のためにやってる人もいるね。
◆梅田:僕、女優の黒木華さんのイメージかな。和服で縫い物してそうじゃん。
◆スズキ:お清ってさ、静かだと思ってたけど結構喋るんだね。
◆のあ:そうそう。空気読む担当だから。喋るんだよ。

 

—あえての、お清と真蔵って不思議な組み合わせじゃない?

◆スズキ:あれ? 真蔵とは義理の兄妹だよね。血繋がってないよね。
◆のあ:これは…だから、マスオさんとカツオ君の関係でしょ。
◆スズキ:男性かよ!
◆Caori:余計解りづらいわ(笑)
◆吉田:合ってるけどね(笑)
◆梅田:間違ってはない。
◆スズキ:仲悪くはないでしょ?
◆Coari:なんか仲良しだよね。
◆のあ:だから、これも装置だよね。大庭家では、血が繋がってない人を養うこともできるし、角の立たない話をホワホワできるんだよ、っていう近代性を見せ付けている。

 

—この笑ってるのは何?

◆スズキ:このさ…「おホホホホ」ってなんなの? そんな風に、普通に笑えるもんなの?
◆梅田:そんな大袈裟じゃなくて軽く「うふふふ」みたいなもんなんじゃない?
◆のあ:叶姉妹みたいな?
◆梅田:いやいや(笑) あれこそまさに「おっほほほ」のド真ん中じゃない?
◆のあ:あ、由紀さおりさん?
◆Caori:それだ。
◆のあ:デヴィ夫人は。
◆梅田:「あ〜は〜は〜は〜」だからね。
◆のあ:そうだね、違うね(笑)
◆スズキ:これ、なんで「お」だけ平仮名なんだろ?
◆梅田:特に意味は無いと思うけど。
◆のあ:お飾りっていうか。
◆スズキ:崩れた音かな。
◆のあ:ホホホホに対する助走の「お」かなぁ。
◆梅田:じゃあ、この「イヤ」がカタカナなのは何かあるのかな。
◆のあ:音先行の「いや」なのかな、と思ったけど。
◆スズキ:すごく強い否定とかではないんじゃない?
◆のあ:サザエさんとかもこういうのカタカナじゃない?
◆梅田:あぁ。意味がある訳じゃないのかな。
◆のあ:感嘆詞とか。合いの手の「いやいや」とかかな。
◆梅田:あ、「なア」の「ア」とかもそうなってるね。
◆のあ:この時代の表記の仕方だよねきっと。

 

—真蔵ギャグ、出ましたけど。

◆梅田:ねぇ…ところでさ…この「かしこまいりました」ってここ、何なの!? このやりとり!!(笑) 僕、こんなの人生でやったこと無いんだけど(笑)
◆のあ:だよね(笑) でも笑ってるから、ギャグだよ。
◆吉田:明治ギャグか。
◆スズキ:うん。お戯れなんじゃない? あ、女言葉を使ったってことじゃない?
◆梅田:おすましてるってこと?
◆のあ:わたしもここ俄には意味解んないな…。なんか芝居掛かって喋ってるんじゃない?
◆吉田:あと、読み方だけど、この「兄様」って呼び掛けるのは、用事がある訳じゃないからさ。
◆スズキ:そっか。
◆のあ:そうだね。障子越しに気配を感じ取って、気付いてるだけで。
◆Caori:そこで急に「なんです」って真蔵が女性っぽくふざけて答える訳だから、お清からしたら、姿見えない感じも相まって、面白くて笑ってるのかもね。
◆スズキ:じゃあそれに答える「お昼は何もありませんよ」もギャグっぽく返す?
◆のあ:で、2回目の「本当に何も無いんですよ」はふざけてなくて…
◆吉田:そうそう。「いや、そこはギャグじゃなくて、ごはんはマジで無いんだわ!」って。
◆のあ:そこで真蔵、「え、ほんとなの!?」で、障子を「ガラっ!」(笑)
◆皆:違うだろ!(笑)
◆スズキ:「そこで、真蔵が開ける」の「そこで」は、何なんだろうね。話したくて開けたのかな。
◆のあ:ふざけ芝居にワンピリオド打たれたからじゃない?
◆吉田:あぁ、真蔵もう1回引っ張るのはさすがにやめたんだね。「いやホントに無いんで」ってお清に終わられちゃったから。
◆Caori:やだぁ、そう考えると哀愁感じるね(笑)
◆のあ:それベースで演出したら、真蔵、めっちゃ次のセリフしょぼんとしてるんでしょ(笑)
◆梅田:「(暗い声で)大変勉強だね…」って(笑) まだふざけたかったから。
◆Caori:絶対伝わらないよ、その裏設定。
◆吉田:聞いてる方、訳解んないわ。

 

—真蔵ってやっぱり優しいよね。

◆梅田:個人的にはね、僕だったら、「いい柄でしょう?」ってお清に言われて、答えてあげてほしいって思っちゃうの。
◆Caori:え、優しい。
◆スズキ:男だからそういう話、ピンと来ないとか。
◆梅田:いや、先に「お清が寒いから風邪引きそう」ってことで頭いっぱいだから、そのことで、それには答えないでキョロキョロしちゃってるのかな。
◆Caori:え、優しい。
◆スズキ:あ、そっちか。だからそこに「柄がどう」とか言われても耳に入ってないのかもね。
◆吉田:火鉢火鉢、ってね。

 

—お清が作っていたものは。

◆スズキ:ねぇ、「被布」って発音「皮膚」?
◆のあ:礼ちゃんの皮膚?
◆吉田:それはとんでもない方向に話が行くわ。
◆のあ:やっぱこの当時はね。定期的に子どもを鍋で湯がいて、皮剥いで。時々皮膚を替えてあげないと。
◆梅田:そうね。いい柄のに替えてあげないと。
◆のあ:礼ちゃん、新しい皮膚よ! って。
◆スズキ:いい柄ってどんな柄だよ。
◆のあ:二の腕に「LOVE&PEASE」とか書いてあるんでしょ。
◆Caori:ほくろの位置も大事だから。

 

—かみ合わない節約の話。

◆スズキ:「どうして兄様」の「どうして」って何? 疑問型?
◆のあ:いや、「なんでやねんなぁ、あんちゃ〜ん」じゃない? 呆れ?
◆梅田:「も〜やだぁ〜なんでよお兄様ったら〜」ってこと。
◆吉田:ここあんまり強く訊くっていう所じゃないから、優しく読んだ方がいいね。
◆スズキ:「御倹約」っていうのは? 「御」を付けるのは? 茶化してるの?
◆Caori:なんか、言いたいだけ、みたいなやつかな、と思って。「やってみちゃいました!」ってタイトル付けてる感じ。あれだよ、ほら「五箇条の御誓文」?
◆皆:どういうこと!?(笑)
◆Caori:「労働基準法」?
◆皆:絶対違うでしょ。
◆Caori:「プレミアムフライデイ」? 「読書週間」?
◆皆:あ、近付いて来てる感じするよ(笑)
◆のあ:名前を付けたいのかな。
◆スズキ:まぁ、だから「THE 倹約」みたいなことを言った訳で…
◆皆:それだーーーっ!!!「THE」だ!!
◆スズキ:あ、そう?
◆Caori:それが言いたかった。五箇条の御誓文。
◆のあ:納得した(笑)
◆Caori:言いたいんだよね、これは。
◆のあ:ところで、炭を節約したいってうるさいのはお徳なんでしょ。ここにいないのに、また存在感発揮してるね、あいつ。
◆吉田:そうなんです。
◆スズキ:お清って結構お徳に押され気味?
◆Caori:でも仲良しだよね。
◆吉田:そうだね、仲は良さそう。

 

—料理に時間の掛かる時代だった。

◆のあ:これさ、冒頭で「本当に何も無い」って言ってるのに最後の方に「お昼にしましょうか?」って。どういうことだろうね。矛盾してるね。
◆Caori:つまんないものしかないってことだよね、多分。
◆スズキ:うちのお母さんも「昨日の残り物しかないけど」って言うけど、こちらとしては充分じゃん。それと同じで。
◆吉田:解る。お清にとってのごはんの基準が高いんじゃない?
◆のあ:あぁ、留守で2人だから、ちゃんと魚焼いたりとか、大掛かりな準備してなかったってこと?
◆Caori:「まぁ、食べるならやるけど」ぐらいの。
◆のあ:まずもって、ごはんの準備って本当に時間掛かるみたいだよね、この時代。台所の設備が今みたいに無いから。本当に、自給自足生活とかってテレビでやってるけど。1日のほぼ全ての時間が、狩猟なり採集なり。下ごしらえとか火起こしとか。だから朝ご飯が終わったらもう次の時間は昼食の準備。昼食が終わったら夕飯の準備。
◆スズキ:まず火から起こす訳だし。お米炊くのも一苦労だよね。
◆のあ:冷蔵庫、無いし、コンロも無いし。
◆スズキ:無い無い。
◆のあ:大正時代は冷蔵庫あるけど、氷が入っているような。つい昭和初期までこんな感じだよね。
◆スズキ:うちの父親でさえも薪で焚いてたとか言ってた。
◆Caori:お清の何も無いは、何かしらはあるけど。これ、お源がもし「何も無い」って言ったら本当に何も無いだろうね。
◆皆:そうだねぇ。

 

—暖かい大庭家は、お源との大事な対比。

◆Caori:実際問題さ、炭を倹約したら風邪、普通に引きそうだよね。
◆梅田:いや、でも暖かいんじゃない? 家がしっかりしてて。だから大丈夫なんでしょ。余裕だよね。お源の家はもう寒いってことだよね。
◆スズキ:寒いだろうね。だってまさにこの瞬間炭盗っちゃってる訳だから。
◆梅田:だから、このシーンで如何にも「暖かいんだな」っていうのが伝わらないとね。お源の寒さが伝わらないから、その後の。そういう読み方しないと。そもそもさ、よく見たら話し繋がってないもんね、この会話。
◆吉田:そうだね。よく見たら。
◆梅田:答えになってないからね。ほのぼのか!って。ほのぼの会話してるんだよ、この2人。
◆Caori:そうだよ、お源なんてさ、家では金の工面の話とかしかしないもんね。「仕事しろ」とか。
◆スズキ:話し相手、返事しないしね。
◆吉田:バリバリ沢庵噛んで。聞こえてないし。
◆Caori:前にね、「貧乏人の何が辛いか」っていう研究っていうの読んだんだけど。「1日中、金のことしか考えてないことが辛い」っていうのがあった。
◆のあ:脳内を占拠されちゃうってこと?
◆Caori:もうそれしか考えられない、1日中お金のことを考えてしまう、他のこと思考する余裕が無い、それが辛いってことみたい。

 

—読み方としては?

◆スズキ:テンションってもっと高いのかな。
◆のあ:いや、これは、暖かい日の、どうかするとまどろみかけるような中で、のんびり世間話をしてるっていう、日常のホワホワを切り抜いているから。
◆梅田:やっぱりここは、小春日和とか日差しとかほのぼのとかを意識させるため、気合い入れて読むのは違う。
◆のあ:お清は、主婦というか…お母さんがよく料理とかしながら喋る感じね。直視するより、ちくちくお裁縫しながらダラダラ喋る。何かやりながら読んでみたら? ミカンの皮剥くとか(笑) 「お昼にしましょうか」で、ここで初めてふと手を下ろすかもね。
◆吉田:「どうして兄様」は、文句言ってる訳ではないし、本当に疑問持ってる訳でもないし。適当でいいんじゃ。
◆Caori:「どうして兄様」で語尾とか語気が下がっちゃうから、深刻に感じるかな。語尾は宙ぶらりんにしたらいいんじゃない? 「どうして」は鋭くない方がいい。
◆のあ:「まさかそんなことありませんわ」も本気で否定してる訳じゃないから、適当で、軽い読み方でいいんじゃないかな。「もうすぐ12時でしょうよ」は気を付けないとおばあちゃんんなりそう。でしょうよ、は現代ではすごいツッコミワードっぽいけど。語尾を上げるとか。あと、数字が出て来る説明ゼリフは、ゆっくり読んであげた方がいいかも。
◆Caori:そうそう、独白ってついね。
◆スズキ:間が持たなくなる。
◆Caori:解るよ。舞台でもそうなの。でも、あえて、ゆっくりと。
◆吉田:文章とか句読点ごとに、もっと大きく息を吸ってみたら? のんきに好き勝手喋っていいと思う。
◆のあ:久々に手がかかる7歳児とか、うるさい老母とかいなくて。留守番の、ボヤボヤした2人でいいと思う。

 

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国木田独歩より 竹の木戸

 

其処を出て勝手の座敷から女中部屋まで覗きこんだ。女中部屋など従来入ったことも無かったのであるが、見ると高窓が二尺ばかり開け放しになってるので、何心なく其処から首をひょいと出すと、直ぐ眼下に隣のお源が居て、お源が我知らず見上た顔とぴたり出会った。お源はサと顔を真赤にして狼狽きった声を漸と出して
「お宅ではこういう上等の炭をお使いなさるんですもの、堪りませんわね」
と佐倉の切炭を手に持ていたが、それを手玉に取りだした。窓の下は炭俵が口を開けたまま並べてある場処で、お源が木戸から井戸辺にゆくには是非この傍を通るのである。
真蔵も一寸狼狽いて答に窮したが
「炭のことは私共に解らんで……」
と莞爾微笑てそのまま首を引込めて了った。

真蔵は直ぐ書斎に返ってお源の所為に就て考がえたが判断が容易に着ない。お源は炭を盗んでいるところであったとは先ず最初に来る判断だけれど、真蔵はそれをそのまま確信することが出来ないのである。実際ただ炭を見ていたのかも知れない、通りがかりだからツイ手に取って見ているところを不意に他人から瞰下されて理由もなく顔を赤らめたのかも知れない。まして自分が見たのだから狼狽えたのかも知れない。と考えれば考えられんこともないのである。真蔵はなるべく後の方に判断したいので、遂にそう心で決定てともかく何人にもこの事は言わんことにした。

しかし万一もし盗んでいたとすると放下って置いては後が悪かろうとも思ったが、一度見られたら、とても悪事を続行ることは得為すまいと考えたから尚お更らこの事は口外しない方が本当だと信じた。

 

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—お源、このほのぼのの裏で、炭盗んじゃったけども。

◆のあ:この、炭盗んでるの見ちゃったのって、見られた側より、真蔵の方がイヤな気持になるよね。
◆梅田:なるね。気まずいね。
◆スズキ:これって、物理的に結構高低差あるよね。窓は高窓で、お源はしゃがんでるから。
◆のあ:1m以上ありそうじゃない?
◆スズキ:あるだろうね。
◆Caori:まさかだよね。これ。普通、窓から首が出て来ないよね。
◆スズキ:女中部屋から主の顔だもん。
◆吉田:おっとお〜い、って感じだね。
◆のあ:これで、この庭の井戸とか木戸の位置関係が解る。木戸があって、この場所を通ってから井戸に行く、中継地点。