ののラジオのチャレンジ|音風景=サウンドスケープとは

ののラジオ製作裏話
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劇団ののがお送りする「ののラジオ」

どんなふうに効果音や環境音を考えているか
音風景=サウンドスケープとは何か

お話しします!

キャスト似顔絵

まずは耳を澄ませてみよう

ジョン・ケージの『4分33秒』という現代音楽の曲をご存知でしょうか。

例えば、「わたし、今から『4分33秒』を演奏しますね」と言ってピアノの座席に座ったら、何も弾かないで、黙って座って、4分33秒という時間が過ぎるのを待ちます。
これは、観客に、その場の沈黙に耳を澄ませてもらう、という画期的なアイディアだったわけですね。

4分はちょっと長いので、30秒ほど、目を閉じてじっと耳を澄ませてみましょう。
(目を開けないと、この記事の続きを読めないので、途中で目を開けるのを忘れないでくださいね。)

はい、お帰りなさい。
さて、みなさんの耳には、どんな音が聞こえたでしょうか?

今みなさんがいる場所にもよると思うのですが、「何も聞こえなかったなぁ」と感じた人は、もう一度、以下のような音を意識して、試してみてください。

  • 時計の秒針の音。
  • 自分の鼻息。
  • 空調の音
  • 遠くを走る自動車の音。
  • 外で鳴いている鳥の声。

静かだと感じている空間でも、注意を向けてみると、意外といくつもの雑音がしているはずなのです。

思い出の音を思い出してみよう

みなさんには、思い出の音ってありますか?

視覚を持つ人にとっては、「思い出の風景はどんな景色ですか?」と質問されて、故郷、子どもの頃に行って楽しかった場所、旅行で行った場所などの光景を思い浮かべる機会は、多いかもしれません。
小学校教育では、絵日記を描いたり、遠足や社会科見学の絵を描いたりすることがありますよね。
大人になると、アルバムを作って写真を見返したり。

比べてみると、音を思い出しながら再現する機会というのは、あまり無いような気がします。

ちょっと思い返してみてください。
子どもの時に住んでいた家の周りで、どんな音がしていたか。
ここ最近、散歩に行った時に、どんな音がしていたか。
その場所でしか鳴っていない音の組み合わせというのが、あると思います。

例えば、わたしの場合は、お休みの日になると、すぐ近くにあるテニスコートから、テニスボールを打つ「カポーン、カポーン」という音が聞こえていたのをおぼえています。
雑木林に囲まれていたので、いろんな鳥の声が常に聞こえていました。
木造の家なので、家族の誰かが歩いた音やドアを開ける音が、よく響いていました。

典型的な音風景を思い浮かべてみよう

では、また目を閉じて、順番に、次の典型的なシチュエーションで鳴っているであろう「音」を思い浮かべてみてください。

  1. 夏休み、日本の田園風景の中にある大きな日本家屋の縁側
  2. 日本の公立小学校の運動会
  3. フードコートやレストランなど

(多分、視覚がある方は同時に景色も思い浮かべてしまうと思うのですが)こんな音が聞こえてきませんでしたか?

夏休み、日本の田園風景の中にある大きな日本家屋の縁側

  • セミの声
  • 風鈴
  • 扇風機の振動音
  • 友達の呼び声

日本の公立小学校の運動会

  • ピストルの合図の音
  • 賑やかな音楽
  • 子どもたちの歓声
  • 走って砂を蹴る音

フードコートやレストランなど

  • (某大手ファストフード店の)ポテトが揚がる音
  • 呼び出しブザーが振動する音
  • 子どもの声
  • ラーメンをすする音
  • 店員さんたちの声

さきほど例に挙げたような、わりと多くの人が共通して思い浮かべるような音が、ドラマ・アニメなどの環境音として、よく採用されています。

アニメや漫画の効果音を思い出してみよう

80年代ぐらいから、典型的な漫画やアニメの手法はそれほど大きく変わってないように感じます。

例えば、以下のような場面の切り替わりの時、すぐに効果音が思い浮かびませんか?

▼ 主人公が目を覚ましたとき ▼

  • すずめが「チュンチュン」鳴いていて、めざまし時計のアラームが「ピピピピピピ」と鳴っているのを、主人公が「うーん」とうなって寝返りを打ってから、手で「バン!」と叩いて止める。

▼ 主人公が上京したり、都会や街中に出た時 ▼

  • 昼の太陽を照り返すビル群と太陽のフレアが映って、車の「パッパー」というクラクションの音が鳴る。
  • 東京駅の屋根が映って、新幹線の「パーン」と通り過ぎるような音が鳴る。

▼ 主人公が合宿や温泉旅行に行った時 ▼

  • 京都の遠景(八坂の塔)が映って、「ゴーン」とお寺の鐘の音が鳴る。
  • 中庭のししおどしが「カッポーン」と鳴って、カエルが飛んでいく。

これらの場面は、わりと思い浮かべやすいのではないでしょうか。

(余談なのですが、90年代のアメリカのホームドラマを見ていたら、主人公が日本を訪れる場面で、東京の場面にドラの音が「ジャーン」と入って中華風の音楽が流れていて、「アメリカでは、これがとてもアジアっぽく感じるんだろうな〜」と思いました。)

音風景=サウンドスケープとは?

さてさて、ここまで、ちょっとイメージしやすくするために、あえて視覚的な光景とあわせて音の話をしてきました。

では、ここでちょっと、改めて音風景とは何かということを確認しておきましょう。

ある音源から物理的に伝わる音を、受け手である人が認知し評価することを通じ、環境と人が一体化して生じる風景のことで、1960年代末、カナダの作曲家マリー・シェーファー(Murray Schafer)が提唱した概念。
「Soundscape」という言葉は造語で、目に見える景観(Landscape)に対して音の景観という意味から生まれた言葉。日本では1970年代より研究されはじめ、1993年には日本サウンドスケープ協会が設立された。

一般財団法人環境イノベーション情報機構(https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=320

日頃から聴覚を中心に生活している方々からすると、「何をいまさら」という話なのだと思いますが、音が織りなす、わたしたちを取り巻く風景のことをさしているのですね。

残したい音風景とは?

音風景の説明には、続きがあります。

1996年に、環境省が、全国各地の人々が地域のシンボルとして大切にし、将来とも残しておきたいと願っている音の聞こえる環境を、「残したい“日本の音風景100選”」として選定する事業を行ったことから、この用語が一般的に使用されるようになった。「残したい“日本の音風景100選”」においては、鳥等の生き物の鳴き声、川や滝の音等の自然現象、鐘の音等生活文化の音等が選定されている。

一般財団法人環境イノベーション情報機構(https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=320

「日本の音風景100選」について、具体的にどんなものがあるか、こちらから詳しく見られます。

少し紹介すると、鳥や蝉の鳴き声だけでなく、「ねぶた祭り」「善光寺の鐘」「大井川鉄道のSL」など人間が出す音も結構あります。
筆者は、川越にある「時の鐘」を見に行きました。

音風景というのは、歴史的な建造物や自然環境のように「残したい」と宣言して、意識的に努力して保存したり維持したりするものだというのです。

例えば、東京都内では1960年以降、どんどん田畑や雑木林などの風景が失われています。
田園風景が失われると、聞こえなくなる音とは何でしょうか?
夕方になるとリンリンと鳴り響くカエルの声、ときどき聞こえる牛の声、鶏の声?

吉田博「日暮里」
吉田博「日暮里」(1901-1903年)
高橋松亭「雨の馬籠弘明」

台所の設備が変われば、使用する道具が変わるため、食事のしたくをする時に鳴る音は変わります。

吉田博「農家」(1946年)

履く物が変われば、往来の足音は変わります。
今では街並みが変わり、窓からこぼれる三味線の音は滅多に聞かれません。

吉田博「神楽坂通 雨後の夜」(1929年)
小泉癸巳男「王子区・飛鳥山公園」

人々の文化・生活、自然環境などが変化するとともに、音もまた変化してゆくものなのですね。

ところで、わたしが先ほど挙げた、幼い頃に聞いていたテニスコートの音ですが、2つあったコートは、1つはもう無くなっており、もう片方は使用されていません。
もうあの音を聞くことはないでしょう。

江戸・明治の音は聞けない

上記の絵のように、風景は、絵巻物・絵画・写真に残される機会も多いのですが、音や映像の記録が録れるようになったのは、歴史上、かなり最近のことです。

比較的新しい時代の音楽や講談などは、国立国会図書館デジタルコレクションで視聴することができます。

が、我々劇団ののが2017年に初めて国木田独歩の『竹の木戸』に取り組んだ時、とても困ったのは、「明治時代にどんな音が鳴ってるのか全くわからない、想像もつかない……」ということです。

そこで、母校の音楽の教授に相談したところ、貸していただいたのが、こちら。

明治時代のことを知るために有効なのは、当時日本に滞在していた西洋人の手記だとのこと。

この本では、探検家のイザベラ・バード、動物学者のエドワード・モース、そして小泉八雲ことラフカディオ・ハーンなどが書き残した日本で見聞きした物事の中から、特に音に関することを取り上げた本です。

彼らは、どんな気持ちで、日本の音を聞いたのか、彼らにとって何が物珍しかったのか。
少し例を挙げてみましょう。

例えば、イザベラは、宿泊した宿で、宿主が夜にいきなり弾き始めた三味線、客がお酒を飲んで騒いでいる声、それらの騒音が木造・障子などを通して聞こえてくることについて、ストレスを感じていたようです。
言われてみれば、たしかに日本の伝統的な家屋では、ヨーロッパの石造の家に比べると、音のプライバシーは守られていなかったでしょう。
彼女からすれば、ついたてとか屏風みたいなものでやたら空間を区切って視覚的なプライバシーを守ろうとするのに、なんで音に関しては丸聞こえなのか、理解できなかったようです。
(現代人の我々は、バードさん寄りの感覚かもしれない。)

また、日本人の掛け声についても書かれていました。
いい大人の侍が、何かを引っ張ったり持ち上げたりする時に子どもみたいに、「しっ、しっ」と言うのだと。
おそらくこれは、「よいしょっ」「よしっ」などと近い音かと想像します。
鍛治や茶摘みなど様々な場面で、日本では掛け声や歌によって作業の調子を合わせていたようです。

そして、彼らが不思議に感じるのは、蝉の声、雅楽の響きなどです。
驚き・不快感・興味・好意、さまざまな感情とともに、彼らは明治の音を聞いていたのですね。

NHKの音響さんはすごい

こうして我々は、がんばって作品本文にはっきり書かれている音に加え、本文から読み取れる音も、効果音や環境音として考えるようになりました。

よくよく気を付けると、春には春の、秋には秋の鳥の鳴き声があり、朝・昼・夜と時間帯によっても聞こえてくる音が変わるんですね。
街中と、雑木林があるようなところでも変わります。

本当は、もうちょっとちゃんと調査すると、地域によっても全然違うのだと思います。
ある時、Twitterで生物系の研究者さんが「東京に来てみたら、ミンミンゼミが本当に人間の近くまで来て鳴いているので驚いた」と発言していました。
メンバーのスズキさんになにげなくこの話をしたら、関西にご親戚のいるスズキさんは、関西の市街地ではミンミンゼミはそんなに身近な存在ではないということでした。
もし、関東の人が京都を舞台にした漫画を描いて、夏だから適当に「ミーン、ミーン」と書き加えると、関西の人は違和感を感じるのかもしれませんね。

正直、劇団ののの作品は未熟ゆえ、正しくないところや、聴覚のみで生活している方が聞いたら不自然に感じる点がたくさんあるかと思います!

そんなことばかり考えながら効果音や環境音を探している日々。
ふと、「NHKの連続テレビ小説や大河ドラマの音響、すごいなぁ!」ということに気付きました。
セットの中で撮ってるシーンなのに、ホトトギスやウグイスの声で、なんとなく近くに山や森があるように感じたり。
市街地に出ると、ひよどりの声がしたり。
さすが、天下のNHKだ。

なかなかそこまでのレベルには到達できませんが。
今回お話ししたような点も、ちょっと気に留めてお楽しみいただけましたら幸いです。

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