今日の稽古は、スズキヨシコさん、妻役の溝端育和(みぞばたやすな)さん、ナレーターの加賀美もちこさん、です。
- この夫って、妻に優しいと思う? 優しさってなんだろう?
- この夫婦、年配者を想像してしまいがちだけど、実は20代前半のはず!
- 会話の意味が高尚すぎてよくわからないね、2人ともとても頭の回転が早い!
- もしかして、喧嘩するほど仲がいいタイプなのでは?
- 現代語に置き換えて読み比べると、夫は、嵐の二宮くんみたいになる!?
などなど、実際に読んで稽古して発見したことを、実体験なども交えつつ、おしゃべりしています。
セリフの裏の意図をみんなで解釈した演出メモ付き!
稽古場が十字路の真ん中に!?
最近は、都内のいろんな稽古場を試してみよう、ということで。本日のお稽古は、池袋のアーバンな都会の会議室でした。
やっぱり劇団ののは畳の部屋が似合うんですが、ちょっと調子に乗りました。調子に乗ったので、さっそくバチが当たりました。
まず、稽古場にたどり着けない。
Google Map を見たら、交差点の真ん真ん中にピンが立っていたのです。
「いや〜、やっぱ都会は違うな〜、どんなデザイナーズなコンセプトやねん」と思い、たどり着いたら、本当に交差点の真ん中に着きました。
本当は、角っこのビルでした。全員、道に迷って遅刻しました。全員、十字路の真ん中に立ち尽くしたそうです。
なんとか無事に始まりました。
夫ってどんな人?
今日は、横光利一「春は馬車に乗って」の、夫婦の会話の練習です。
夫がいないのですが、台本の前半にフォーカスして、この夫妻がそれぞれどんな人なのかを、探ろうとしています。
なぜ前半かというと、まだちょっと妻が元気なので、ぽんぽんと会話しているからです。ここに、元気だった頃の普段の2人の性格が隠されていそうです。
夫は本当に優しいのか
のあ「この夫婦は、ネット上の読書感想とかだと、仲良しでほっこりして、泣けてくる、とか。夫が献身的ですっごい優しいとか言われてるんだけど、みなさんどう思われます?」
スズキ「うーん、なんかこう……優しさの定義の問題なのかもしれないけど、え、優しいか?」
もちこ「まぁ、確かにそう。基本、優しいかって言われたら、まぁ優しい人だとは思うんだよね。ずっと看病してるし。でも、言葉の上でどうかと言われると」
のあ「柔らかい言葉を使う人ではないよね。現代的な、その、丸い言葉遣いをする王子様的な彼氏っているじゃん」
もちこ「あぁ、そうそう、それではないね」
スズキ「ぶっきらぼうっていうかね」
のあ「妻が欲しい言葉を、絶対にくれないよね。そこが、ともすればギスギスして見えるんだな」
もちこ「でもさ、体さすったりとか、結構ちゃんと付き添ってるんだよ。我慢強く。献身的なのはそうだろうな、と思うよ」
のあ「だから、やっぱ言葉尻の問題かな」
実は若夫婦の話
のあ「時代もあると思うんだ、昔の話だしね。言葉遣いが渋く聞こえて、老夫婦を想像しちゃうんだよね。それで夫がすごいぶっきらぼうなおっさん、みたいなイメージになっちゃう」
スズキ「若いはずだよね、この夫婦が横光利一と妻の話だったら」
やすな「20代前半か」
もちこ「うーん、想像するのはおっさんかな」
のあ「そうだね、完全に渡哲也で脳内再生されてたわ。着流しの渡哲也が縁側から目細めて海眺めてそうだもん」
やすな「妻も、今まで結構しっとり読んじゃってましたね。若いってなると、声どうしたらいいんだろう、っていう」
のあ「そうだね、昭和の大女優風だったね。いかにもNHKのラジオドラマにありそうな」
会話の意味がわからない
のあ「そういえば、栗田ばねがこないだの稽古の帰りに言ってたんだけど。この話、のっけから意味わかんないって」
スズキ「あぁ、シーン1ね。抽象度高めの会話だよね。高尚なんだよな」
のあ「そうそう、まさにそれで。いきなり何の話してるんですか、こいつらは、って言ってた。妙な世界観で。もう突然闘病生活始まってるしね。感情移入させる気ゼロ、説明ゼロ、って苦情言ってたわ」
もちこ「夫、口調きついしね。妻、病気なのにさ。あと、微妙に会話噛み合ってないっぽいし」
のあ「そこもまた混乱の原因だよね。妻が質問したことの答えになってなかったりね。意味不明だよね」
現代語に置き換えてみよう!
夫の言葉は、現代人の我々からすると、ともすると高圧的に見えますし、どうしても落ち着きのある年配夫婦のイメージが拭い去れないわたしたち。
そこで、3人で代わる代わる夫の役を回し読みをして、色々な読み方を試してみました。
たどり着いたのは、現代口語に訳して、若者言葉で読んでみること! すると、なんと、見事に彼らの会話の意図が見えてきたのです!
シーン1
作品本編はYouTubeでも配信中!
夫=のあ, 妻=やすな
妻「ねぇ、聞いてよ。あの松の葉がさ、すっごい綺麗に光ってるの」
夫「ふーん。え、何、松の木とか見てたんだ」
妻「うん」
夫「俺は、亀見てたんだわ。そこの」
2人ともしーんとする。
夫「おまえさ、そこでずっと寝ててさ、そんだけ時間あんのに。松の葉が美しく光ってる的な、そんなシンプルな感想しか出ないわけ」
妻「うん。だって、あたし、もう何も考えないことにしてるんだもん」
夫「や、人間、完全に何も考えないで寝っころがってられるわけはないでしょ。何かは浮かんでくるじゃん絶対」
妻「そりゃね。考えは浮かんでくるよ。あたしさ、早く元気になってさ、井戸で洗濯がしたい。シャッシャッって」
夫「洗濯〜? まじか」
答えの意外さに笑う。
夫「いや〜、やっぱおまえ変わってんなぁ〜、って。だって、俺にこんだけ長い間苦労かけといてさ。洗濯がしたいって、どんな夢だよ。なんか他にもっとあるっしょ」
妻「多分さ、元気だったころの自分が羨ましいんだよね。……あなたは……不幸な人だよね」
夫「うーん、うん……」
夫は、考える。
妻と出会ってから結婚するまでの4-5年間、妻の家族の反対に遭い、大変だったこと。
妻と結婚してから、母と妻との間に挾まれた2年間の苦痛な時間。
母が死に、妻と2人になると、急に妻が肺病で寝込んだ、この1年間の艱難。
夫「あ。なんか、あれだな! 俺も、洗濯したいかもしれない。洗濯。ね!」
妻「あたし、もう今死んだっていいんだよね。だけど、あたし、あなたにもっと恩を返してから死にたいな、って。最近は、それがすごい苦しい」
夫「お。俺に恩返し? 何かしてくれんの?」
妻「うん、例えばぁ、あなたを大切にしてぇ……」
夫「おう。いいじゃん。あとは?」
妻「あと? もっといろいろあるよ。いろいろすることがある」
夫(でも、こいつ、もう助からねんだよな……)
夫「俺は、まぁね、そういうことはどうだっていいのよ。俺は、そうだな〜、俺はね〜、あ、ドイツのミュンヘンあたり、いっぺん行ってみたいかな。雨降ってるとこね。やっぱ雨降ってなきゃダメだな、行く気がしないんだよ。そんで」
妻「あたしも行きたい」
夫「ダメだよ。何言ってんの。おまえは絶対安静でしょ」
妻「やだやだ! あたし歩きたい。起してよ! ねぇ!」
夫「ダメだから」
妻「あたし、死んだっていいんだもん」
夫「ちょっと何言ってんのホントに、死んでいいわけないじゃん」
妻「別にいいし!」
夫「まぁまぁまぁ。はい、じっとしてて。もう寝ててよ、はい。さっき考えてた、なんだっけホラ、あ、松の葉か。あれの感想深めといてよ。もうちょっとちゃんとさ、どういう風に美しいかっていうのを、ひねったやつちょうだい。宿題ね」
ジャニーズっぽく聞こえる
スズキ「おー。なんかジャニーズっぽかった」
のあ「えっ?」
もちこ「いや、ジャニーズっぽかったよ」
のあ「えっ?」
もちこ「というか、ニノっぽかった」
のあ「ふーん、そうなの? ほうほうほうほうなるほどね」
もしや「喧嘩するほど仲がいい」タイプ?
のあ「あ、でもねぇ、今自分で演技してみて、発見は色々あった。あのね、気づいたのは、やっぱり妻を挑発してるね、こいつは」
やすな「あぁ、そうです、夫の口調が若返ったことで、上から目線で嫌味言ってるっていうよりは、必死でつっかかって来てるっていう感じがしましたね。でも、これ妻も結構負けてないですよ!」
スズキ「うんうん、部分によっては妻が夫をやりこめてるっていうか。不意打ちしてるとこもあるよね」
もちこ「うん、ひるむニノもいたね」
のあ「そうそう、ひるんだ。妻の返しが意外だったり、痛いところついて来るから、ウグ……ってなるよ、結構。死の話やめろよ、死はやめろ〜、みたいな(笑)」
やすな「ああそうです? わたしも言い負かしてやろうって思ったり、イラッと来たりしました。お互い挑発し合ってますね。これ」
スズキ「だから意外に若いノリなのかも」
もちこ「ツンデレ的な? あるよね、オラオラ系みたいな。俺様みたいな。少女漫画に出て来る男」
のあ「あ、この話は、どこかで聞いたことあるような」
スズキ「ザ、芥川龍之介『秋』ですね」
もちこ「そうですね。完全に俊吉ですね」
やすな「ああ、そうなんですね? わたし読んだことないんですけど」
もちこ「前回やった作品なんだけど。なんかねぇ、こういう会話をするのよ。俊吉と照子っていう夫婦なんだけど」
のあ「正直、それは頭にあった。明確に俊吉のことを思い描いて読んだっていうわけじゃないんだけど。読みながら、芥川っぽさは意識してた」
やすな「ほう。芥川っぽさ」
のあ「俊吉と照子も、一筋縄じゃいかないやりとりをするんだよね。夫が、なんだか小洒落た嫌味を言って、妻が負けじと小粋な答えを返す、みたいな」
やすな「流行ってたんすかね、当時」
スズキ「まぁ一種の流行りはあったんじゃないかと思うんだけど。こういうのがオシャレでイケてる会話だったんだろうか。文学界隈では」
のあ「完全に同時代だからね。いやでも完全にわかりました、これは。最後のセリフとかさ、さっきまでは、なんで病人に向かってこんなひどいこと言うんだろう、なんでこんなに意地悪なんだろうってずっと思ってたんだけど。わかりました」
もちこ「えー、ずるいなぁ、何がわかったんだい? 早く教えなよ」
では、ここから、夫にニノ演出を付けてもう1度、見てみましょう。
シーン1-発言の意図解説つき
妻「まあね、あなた、あの松の葉が、このごろそれは綺麗に光るのよ」
夫「おまえは松の木を見ていたんだな」
妻「ええ」
夫「俺は亀を見てたんだ(←なぜかここで俺語りを始める。構ってちゃん?)」
2人ともしーんとする。(夫の方がちょっと、妻の沈黙が気になる。沈黙が少し怖い)
夫「おまえはそこで長い間寝ていて、お前の感想は、たった松の葉が美しく光るということだけなのか(←妻に何か物を言わせたくて、なぜか挑発してしまう)」
妻「(落ち着き払って)ええ、だって、あたし、もう何も考えないことにしているの(←妻の方が一枚うわてかも)」
夫「(必死にその上を行こうとして)人間は何も考えないで寝ていられるはずがない(←また挑発しようとする)」
妻「そりゃ考えることは考えるわ。あたし、早くよくなって、シャッシャッと井戸で洗濯がしたくってならないの(←妻は、相手の予想通りの回答をする人間ではない。そのトリッキーなとこが多分、夫の心をくすぐる、妻に恋してる理由なのかも。浅倉南的な)」
夫「(不意を打たれたので素の口調で思わず)洗濯がしたい?」
答えの意外さに笑う。(笑うのも、素で)
夫「おまえはおかしなやつだね。俺に長い間苦労をかけておいて、洗濯がしたいとは変ったやつだ(←素直に返事せず、上から目線で言おうとする)」
妻「(やはり落ち着き払って)でも、あんなに丈夫な時が羨ましいの。あなたは不幸な方だわね(←妻は、自分の病気が重いこと、家事をすることができないので夫がかわいそう、ということを夫に印象付けたい)」
夫「(ちょっと上の空で)うん(←妻の病気の話を真正面から突きつけられて、一瞬黙りこんじゃう)」
夫は、考える。
妻と出会ってから結婚するまでの4-5年間、妻の家族の反対に遭い、大変だったこと。
妻と結婚してから、母と妻との間に挾まれた2年間の苦痛な時間。
母が死に、妻と2人になると、急に妻が肺病で寝込んだ、この1年間の艱難。
夫「(ここで真面目に返すと、妻の病状の話題に向き合わないといけなくなってしまうので)なるほど、俺ももう洗濯がしたくなった(よくわかんない方向でごまかそうとする。また俺の話)」
妻「(夫のごまかしを受け入れない真っ直ぐとした感じで)あたし、いま死んだってもういいわ。だけども、あたし、あなたにもっと恩を返してから死にたいの。このごろあたし、そればかり苦になって(←死の話を真っ向勝負で突きつける)」
夫「(ちょっと焦って、でも努めて冷静に)俺に恩を返すって、どんなことをするんだね(←かろうじて後半の話を拾う)」
妻「(これは意外な返しだったので、実際あんまり考えてなかったと思う)そりゃ、あたし、あなたを大切にして、……」
夫「それから(←妻が答えに詰まってるのをちょっと楽しんでいる)」
妻「(勝ち気な感じで)もっといろいろすることがあるわ(←こういうところがやっぱり妻の可愛いところ)」
夫(しかし、もうこの女は助からない)(←心の声。自分でも本当はわかっているが、妻とはそういう話をしたくない、向き合いたくない)
夫「(ここで、映像なら、ちょっと妻の床から離れて縁側に歩き出し、目を合わせないように、海をぼーっと見たりするかも)俺はそういうことは、どうだっていいんだ。ただ俺は、そうだね。俺は、ただ、ドイツのミュンヘンあたりへいっぺん行って、それも、雨の降っている所でなくちゃ行く気がしない(←もはや、現実逃避しすぎて、本当に脈絡の無いことを口走ってる)」
妻「あたしも行きたい(←わがままさと、元気だった頃の好奇心から純粋に行きたい気持ちと、夫に突きつけたい気持ちが混ざっている)」
夫「(ちょっと真剣に心配になっちゃって焦る)お前は絶対安静だ」
妻「いや、いや、あたし、歩きたい。起してよ、ね、ね(自分でもめちゃくちゃ言ってるのがわかってて、でもわがままを言いたい)」
夫「(本当に叱りつけて)ダメだ」
妻「あたし、死んだっていいから(やっぱり、死ぬんだっていうことを夫に言いたい)」
夫「(ちょっと言葉に詰まって、間をあけてから)死んだって、始まらない(←やっと押し出した、ズレた答え)」
妻「いいわよ、いいわよ(←向き合ってくれないことへの苛立ちが顕になり自暴自棄みたいな発言)」
夫「(死んでもいいということに本当に憤慨して、でも冷静ぶって強めに)まあ、じっとしてるんだ。それから、一生の仕事に、松の葉がどんなに美しく光るかっていう形容詞を、たった1つ考え出すのだね(←軽口っぽく、ちゃんと安静にして療養してほしいということを言っている。これを言うのがやっと。早く逃げたい)」
余裕をかましていたい夫
のあ「と、まぁこんな感じですかね」
スズキ「なるほどね」
のあ「うん。チャラくありたい、って感じた。チャラいっていうと語弊があるね」
もちこ「余裕でありたい。必死で自分を保ってるって感じ。そう考えるとやっぱ若いな、って」
2人とも頭の回転が速すぎる
のあ「でもさ、この会話って、2人とも相当頭よくないとできないな。わたし、頭ついていかない。この口調とペースで何か言われても、ほーん? ってなっちゃう」
もちこ「わたしも無理だわ。ほーん、だわ。言い返すとか無理だな」
のあ「こんなこと言われたら、正直、なんでそんな意地悪言うんだろう? ってなると思う。多分ただただ傷つく。まずもって病気で体調つらいし。言い返す気力なくて、悲しくなって、ぼーっとしちゃいそうだな」
もちこ「意地悪言われてることにも気づかないかも、わたし。噛み合わねーな、って思って。何言ってんだこいつ、ってなって。余計なエネルギー使いたくないから、やっぱ黙るわな。これに乗りたくないもん」
のあ「なんか素直だよね、妻。ちゃんと夫に返事してて」
2人の会話の意図がわかりました!
やすな「妻は、この人は、ずっと自分の死に向き合ってて。普段から。夫にもそれを早く共有したいんだけど。夫はそこから逃げ続けてる。そういうことなんですね。そこから始まってるんですね、この話。妻はずっと自分の死の話をしようとして、機会うかがってますもんね」
のあ「だから、口調はチャラいんだけど。俊吉とは何か違うよね」
もちこ「違うね。この夫は心の中は上から目線じゃない。ほんとは、妻の存在とはちゃんと向き合ってるよね」
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