横光利一「春は馬車に乗って」|作品に登場する語彙の解説

劇団ののと読む 朗読 横光利一『春は馬車に乗って』 ことば調べ
春は馬車に乗って
ことば調べ

横光利一の作品『春は馬車に乗って』に登場する、ちょっと難しい言葉の意味を調べてみました。

凩【こがらし】

「木枯らし」とも書きます。冬のはじめに吹く、強い風です。冬らしい気候になっていく前触れで、冬の季語でもあります。
東京・大阪では、気象庁が「木枯らし1号」を毎年発表しています。

一叢【ひとむら】

植物が一箇所にまとまって生えているようすです。

ダリヤ

「ダリア」とも書きます。ヨーロッパで古くから栽培されている、キク科の花です。
日本では江戸時代に到来しました。夏から秋かけて、大きく色鮮やかな花が咲きます。
色のバリエーションが豊富で、赤やオレンジ、白、ピンク、紫色などがあります。
花言葉は、「華麗」「優雅」「威厳」「不安定」「感謝」など。

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泉水【せんすい】

庭に造られた池です。

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井戸【いど】

水道が整備されるまでは、井戸から水をくみ上げていました。
水を家の中まで運ぶのは大変なので、井戸端で鍋を洗ったり衣服を洗濯したりしました。
何軒かで共用されることもありました。

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艱難【かんなん】

苦労をしたり、大変な目に遭ったりすることです。

ミュンヘン

ドイツ南部にある都市です。
特に雨が多いわけではないようです。
横光はのベルリンオリンピックのときにドイツに滞在したようですが、本作品執筆当時はまま訪れたことはなかったようです。

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形容詞【けいようし】

物事がどんなものかを表現する言葉です。厳密には「美しい」「大きい」のように、「い」で終わる単語を指しますが、「魚のような」「青々とした」といったフレーズも、ものごとを形容する言葉に含まれます。

濃藍色【のうらんしょく】

「藍色」は、少し緑がかった青色で、日本の伝統的な色です。「濃藍」は単体では「こいあい」と読み、藍色の中でも濃い色、暗い藍色です。

フラスコ【ふらすこ】

透明なガラスでできた容器です。「三角フラスコ」や「丸底フラスコ」などが理科の実験でよく使われます。

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むすぼれ(る)

「結ぼれる」と書きます。結ばってほどけにくくなった様子です。

瑪瑙【めのう】

宝石の一種です。いろいろな色の結晶が層になってしましまになった宝石全般を指します。日本では「オニキス」や「カーネリアン」という名前で売られていることもあります。
成分によって、赤や紫、青などいろいろな色があります。赤い成分が多い瑪瑙は、臓物に似た色かもしれませんね。

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曲玉【まがたま】

「勾玉」とも書きます。瑪瑙や水晶などの宝石をオタマジャクシのような形に削って作ったアクセサリーで、穴に紐を通してペンダントのように提げます。古墳時代に多く作られました。

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崑崙山の翡翠【こんろんさんのひすい】

「崑崙山脈」は中国の西方に実在する地名ですが、崑崙山は、地上と天界を結ぶ山で、石がたくさん採れたり、仙人が住んでいたりする伝説上の山です。

饒舌【じょうぜつ】

よく話すこと、おしゃべりなことです。

煽動【せんどう】

人の感情を煽り立て、とある行動をするように挑発することです。

接吻【せっぷん】

キス、口づけのことです。

肺病【はいびょう】

肺が悪くなる病気です。特に、肺結核を指します。肺結核は、空気感染する感染症で、現代では完治しますが、戦前は不治の病でした。咳や微熱、だるさから始まり、やがて肺組織が破壊され、死に至ります。
明治時代以降に大流行し、多くの文学作品や映画などで描かれました。これらをサナトリウム文学などと呼びます。『風立ちぬ』にも登場します。

いずれ

ここでは、どっちみち、どのみち、という意味で使用しています。

張り札【はりふだ】

お知らせなどを書いて張り出す、張り紙のことです。

間髪の隙間をさえも洩らさず【かんはつのすきまをさえももらさず】

「間髪を容れず」という表現で使うことが多いです。「髪の毛が入る隙間もないほどすぐに」という意味です。

張子【はりこ】

日本の伝統的な人形です。人だけでなく、犬や人間など、さまざまな形があります。和紙で作られている立体的な人形ですが、中は空洞です。そのため、叩くと和紙の軽い音がします。

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聖書【せいしょ】

キリスト教とユダヤ教の聖典です。英語で「Holy Bible」と言います。
日本語では翻訳されてから宗派ごとに、また時代ごとに見直され、何度か改訂を経ていますが、横光の時代には文語訳が使用されていたはずです。
横光利一の妻キミはキリスト教徒でした。しかし、横光はキリスト教に対して疑問も抱いていたようです。横光の二番目の妻は、横光の勧めで近所の教会で洗礼を受け、クリスチャンになっています。

ポウロ

イエスに付き従った12人の弟子のひとりで、現代ではパウロと呼ぶことが多いです。
「魚を持ったまま」という表現は、弟子になる前に漁師であったことに由来すると思われますが、元漁師なのはパウロではありません。
十二弟子の中で漁師だったのは、ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの4名ですので、横光がこの中の誰かと取り違えたのかもしれません。
また、魚はキリスト教のシンボルとしても有名です。

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エホバよ我が祈りを〜

この部分は聖書の詩編第102篇第1〜4節(黒崎幸吉編)からの引用のようです。部分的に横光利一が改変しています。
黒崎幸吉編の原文は、以下のようになっています。

「ヱホバよわが祈をきゝたまへ 願はくはわが號呼のこゑの御前にいたらんことを わが窮苦の日みかほを蔽ひたまふなかれ なんぢの耳をわれにかたぶけ 我がよぶ日にすみやかに我にこたへたまへ わがもろもろの日は煙のごとくきえ わが骨はたきゞのごとく焚かるるなり わがこゝろは草のごとく撃たれてしほれたり われ糧をくらふを忘れしによる」

日本聖書協会が現在発行している口語訳では、以下のようになっています。

「主よ、わたしの祈をお聞きください。わたしの叫びをみ前に至らせてください。わたしの悩みの日にみ顔を隠すことなく、あなたの耳をわたしに傾け、わが呼ばわる日に、すみやかにお答えください。わたしの日は煙のように消え、わたしの骨は炉のように燃えるからです。わたしの心は草のように撃たれて、しおれました。わたしはパンを食べることを忘れました。」

最後の「わたしはパンを食べることを忘れました」は、妻の、「もう何も食べたかないの」という言葉に重なります。

百万円【ひゃくまんえん】

大正15年ごろの1円は、計算方法にもよりますが、今でいうとおおそよそ570円くらいの価値がありました。当時の平均年収は741年なので、100万円というと、すごい大金です。

頭取【とうどり】

銀行の代表者、社長のような役職です。

昂進(する)【こうしん(する)】

病状が進み、重くなることです。

なお憂きことの積もれかし【なおうきことのつもれかし】

江戸時代の学者・熊沢蕃山が詠んだ短歌「憂きことの なおこの上に 積もれかし 限りある身の力試さん」の一部です。「つらいことよ、もっとこの身に降りかかれ、力の限りどこまでできるか試してみようじゃないか」というような意味です。
夫が、今の状況をどうにか受け入れようとしている様子が伝わります。

茫々と(する)【ぼうぼうと(する)】

目立ったものがなく、果てしなく広々としている様子です。

青い羅紗【あおいらしゃ】/撞かれた球【つかれたたま】

青い(緑色)の布地の上で、球を撞く、ビリヤードの1シーンを表しています。ビリヤードは、1つの球を棒で撞いて、9つの球をテーブルの隅にある穴に落とすゲームです。テーブルの縁に跳ね返らせて、球を狙ったところに転がすのが技術のみせどころです。羅紗は毛織物の一種で、ビリヤードの台に貼られたものを表しているのでしょう。
しかし、撞かれる球にしてみれば、いろいろなところに跳ね返り、どこに向かっているのか不安になることでしょう。ここでは、運命や心をめちゃくちゃに撞かれ翻弄される夫の心を比喩していると考えられます。

辻馬車【つじばしゃ】

日本で馬車が使われるようになったのは、明治時代以降のことです。鉄道が発達するまで、神奈川〜東京間など、決まったルートを通る「乗合馬車」が発達しました。
「辻馬車」は、一般的には、タクシーのように道端で客を乗せ、指示された場所まで運ぶ、という営業方法の馬車で、ヨーロッパでは多く見られますが、日本でどのように営業されていたのかは、資料が見つからず、よくわかりませんでした。※ご存知でしたら情報をお寄せください。
現在、由布院で観光の一貫として採用されているようです。

餞別【せんべつ】

遠くへ旅立つ人に、お別れのしるしにお金やプレゼントを贈ること、その贈り物そのもののことです。

モルヒネ

麻薬の一種で、鎮痛・鎮静薬として使われた薬品です。依存性が高く、禁断症状が激しいため、現在では法律で使用が禁止されています。日本では、江戸時代末期伝えられ、大正時代には国内で生産を開始、第二次世界大戦終了まで、広く使われました。

床【とこ】

寝床のこと、つまりお布団のことです。

野の猫【ののねこ】

野原にいる猫、つまり野良猫のことだと考えられます。

エホバよ、願わくば〜

聖書の詩編第69篇第1〜3節(黒崎幸吉編)からの引用のようです。部分的に横光利一が改変しています。

黒崎幸吉編の原文は、以下のようになっています。

われ立たち止なき深き泥の中に沈めり、われ深水におちいる、おほ水わが上にあふれすぐ。今や溺れ死ぬるより外になし。 われ苦しさのあまり叫びつづけたる為この歎息によりてつかれ、わが喉はその為にやけ付くばかりにかわき、わが目はわが神の来り助け給うをまちわびておとろへぬ。」

日本聖書協会が現在発行している口語訳では、以下のようになっています。

「神よ、わたしをお救いください。大水が流れ来て、わたしの首にまで達しました。 わたしは足がかりもない深い泥の中に沈みました。わたしは深い水に陥り、大水がわたしの上を流れ過ぎました。 わたしは叫びによって疲れ、わたしののどはかわき、わたしの目は神を待ちわびて衰えました。」

白帆【しらほ】

船が張っている白い帆のことです。湘南で盛んに行われるしらす漁を行う船だと推測されます。しらす漁の解禁は3月なので、船は、春の訪れを告げるアイテムのひとつとなっています。

スイトピー

「スイートピー」とも書きます。英語で「甘い豆」の意味です。
マメ科の植物で、観賞用だけでなく、遺伝学の実験用にも栽培されました。
4月下旬から6月下旬ごろに、白や赤、ピンク、紫の小さな花をたくさん咲かせます。花言葉は「門出」「別離」「ほのかな喜び」「優しい思い出」です。

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参考文献

参考リンク

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作品本編はYouTubeでも配信中↓

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