芥川龍之介の短編『蜜柑』に登場する、ちょっと難しい言葉の意味を調べてみました。
劇団ののは、言語学や歴史学のプロフェッショナルではありません。
様々な文献や辞書をあたったり、プロフェッショナルの方に手助けをいただいたりはしていますが、あくまでも自力で調べ物をした結果を掲載しています。誤った情報が含まれている場合がありますので、ご注意ください。
また、調べ物をした結果、真実が突き止められないこともあります。
ご了承ください。
- 二等客車・二等室【にとうきゃくしゃ・にとうしつ】
- 発車の笛
- 外套【がいとう】
- 日和下駄【ひよりげた】
- 運水車【うんすいしゃ】
- 祝儀【しゅうぎ】
- 赤帽【あかぼう】
- 煤煙【ばいえん】
- 巻煙草【まきたばこ】
- 懶い【ものうい】
- 油気のない髪
- ひっつめの銀杏返し【ひっつめのいちょうがえし】
- 横なでの痕【よこなでのあと】
- 萌黄色【もえぎいろ】
- 三等の赤切符
- 刷りの悪い何欄かの活字
- 講話問題【こうわもんだい】
- 涜職事件【とくしょくじけん】
- 死亡広告【しぼうこうこく】
- 索漠とした【さくばくとした】
- 隧道の口へさしかかる【とんねるのくちへさしかかる】
- 気色【けしき】
- 鬢【びん】
- 踏切り番【ふみきりばん】
- 一旒【いちりゅう】
- 蕭索【しょうさく】
- 目白押し【めじろおし】
- 曇天【どんてん】
- 陰惨【いんさん】
- 風物【ふうぶつ】
- 喊声【かんせい】
- つと
- 奉公先【ほうこうさき】
- 蔵する【ぞうする】
- 幾顆【いくか】
- 昂然【こうぜん】
- 参考文献
- 参考リンク
二等客車・二等室【にとうきゃくしゃ・にとうしつ】
昭和35年まで、客車は一等・二等・三等の3等級に分けられていました。等級が高いほど内装やシートが豪華で余裕がありました。
現代では、二等客車がグリーン車、三等客車が普通車に相当し、一等客車に当たるものは通常の列車にありません。
二等客車は、大正時代中頃まで、ロングシートが主流でした。本作品の客車も、反対側の窓を開けようと、娘が主人公の横に移動していることから、ロングシートだったようです。
発車の笛
乗客に列車が出発することを知らせるために、車掌が吹く笛です。「ピーッ」と長めに吹かれます。
発車メロディーが整備されていない路線では、現代でも車掌が笛を吹いています。また、新幹線でも笛が使われています。
外套【がいとう】
西洋のオーバーコート。防寒用のアウターです。
日和下駄【ひよりげた】
天気の良い日に履くのに向いた、女物の歯の薄い下駄です。
関西では利休下駄とも言います。
運水車【うんすいしゃ】
人力車に似た両輪のある荷車で、荷台に水槽を設置し、水利の不便な土地に水を運搬するためのものでした。消防などに使用されたようです。
類似した仕組みとしては、明治33年に、石油製品を運ぶための貨車として、現在でも見るような円筒形のタンクを積んだ「油槽車(ゆそうしゃ)」が登場していました。
祝儀【しゅうぎ】
現在では結婚式などのお祝いの際に贈るお金のことを「お祝儀」と言いますが、ここではチップのことです。
個人に仕事を依頼した際、感謝の気持ちとして多めに料金を渡すことがありました。
礼を言っている赤帽は、祝儀をはずんでもらったのでしょう。
赤帽【あかぼう】
駅で利用客の手荷物を待合室や列車に運ぶ仕事をするポーターです。
明治時代後半に関西地方で誕生し、平成10年代まで存在していました。
赤い帽子を被っていたことから、「赤帽」と呼ばれました。
煤煙【ばいえん】
石炭を燃やした時に発生する煙です。
すすが混じっていて、客車内に入り込むと、乗客の顔を真っ黒にしたり、咳き込ませたりしました。そのため、煙が入り込みやすいトンネルでは、事前に窓を閉めるのがマナーとなっていました。
巻煙草【まきたばこ】
現代のいわゆるタバコと同じ、煙草を紙で巻いたものです。
日本では江戸時代から煙管(きせる)での喫煙が一般的でしたが、大正時代には、より手軽な紙巻煙草が広く普及しました。
懶い【ものうい】
通常、「物憂い」と書きます。動くのも面倒なほど気がふさいでいたり、憂鬱だったりするようすです。
油気のない髪
ここで言う油とは、現代のヘアワックスのようなものです。結い上げた日本髪を美しく保つには、鬢付(びんつ)け油(あぶら)が欠かせませんが、娘はその油をつけていません。身なりと相まって、いっそうみすぼらしく見えたことでしょう。
ひっつめの銀杏返し【ひっつめのいちょうがえし】
江戸時代末期から明治時代にかけて一般的に結われた女性の髪型です。
髪を根元から2つに分けて先を留め、∞の形にしたものです。銀杏の葉に形が似ていることから銀杏返しと呼ばれました。
本来は襟足(えりあし)や前髪をふんわりと丸くしますが、ここでは「ひっつめの銀杏返し」ですので、髷(まげ)にしている部分以外は単に引っ張ってまとめているようです。
横なでの痕【よこなでのあと】
「横なで」は、横になでることです。
ここでは、涙や鼻水を拭ったあとか、頬を何かがかすってついた傷のことのようです。
少なくとも娘の頬はきれいとは言えない状態だったようです。
萌黄色【もえぎいろ】
黄緑色の一種で、春に萌え出る草の芽を表現した色です。
三等の赤切符
昭和15年まで、鉄道の切符は客車の等級ごとに色分けがされていて、一等が白色、二等が青色、三等が赤色でした。
刷りの悪い何欄かの活字
当時の新聞は、活字という鉛の判子を用い、版画と同じ原理で印刷する活版印刷の技術で印刷されていました。そのため、インクが掠れていることがよくありました。
講話問題【こうわもんだい】
ちょうどこの作品が発表された大正8年、第一次世界大戦の戦後処理として、パリで講和会議が開かれました。
日本は、このパリ講和会議で調印されたベルサイユ条約で中国の山東(サントン)半島の権益をドイツから引き継ぐことが認められました。しかし、当の中国がこの条約に調印しなかったため、山東半島の扱いは、宙に浮いた状態となってしまいました。
涜職事件【とくしょくじけん】
「涜職」とは、公務員による職権乱用や収賄(しゅうわい)などの汚職のことです。明治時代から大正時代にかけて、汚職がたびたび問題になりました。
大正3年には海軍高官による大規模な汚職事件「シーメンス事件」が発覚し、内閣が辞職するなど大きな問題となりました。
死亡広告【しぼうこうこく】
新聞の社会欄に有料で掲載する訃報のことです。著名人の場合は、通常の記事として扱われます。
索漠とした【さくばくとした】
心が満たされず、さびしく感じるようすです。
隧道の口へさしかかる【とんねるのくちへさしかかる】
汽車がトンネルに入る前には、煤煙が客車内に入り込むのを防ぐため、すべての窓を閉める必要がありました。
気色【けしき】
何かが起きようとする予兆やようすです。人に使うと、気持ちの表れやそぶりのことを指します。
鬢【びん】
耳の前から上あたりや、頭の横部分の髪です。本格的な日本髪では、ここに型を入れて髪を結い、左右に髪を張り出したように見せることがあります。(「銀杏返し」の参考画像をご参照ください」)
踏切り番【ふみきりばん】
踏切が自動化される以前は、手動の踏切がありました。踏切の脇には小屋があり、踏切り番が常駐していました。
踏切り番は、列車が通過する際に遮断器を降ろし、安全確認の証として白い旗を大きく振りました。
現代でも、踏切り番がいる踏切がわずかに残っているようです。
一旒【いちりゅう】
「旒」は旗やのぼりを数える時の単位です。
蕭索【しょうさく】
ものさびしいようすです。「蕭」も「索」もものさびしいようすを表す漢字です。
目白押し【めじろおし】
たくさんのものが隙間なく並ぶようすです。
小鳥のメジロが木に留まる時、たくさんが一箇所に留まり、ギュウギュウと押し合うことから、使われるようになりました。
曇天【どんてん】
くもり空のことです。
陰惨【いんさん】
暗くてむごたらしい、悲惨なようすです。
風物【ふうぶつ】
目に入るながめや風景のことです。
季節のようすをよく表している物事を「風物詩」といったりします。
喊声【かんせい】
本来は、軍が突撃する際に気合を入れるために上げる声です。
同音異義語の「喚声」は、興奮した時に大声で叫ぶ声のことですから、この場面では「喚声」の方が合っているかもしれません。
いずれにしても「ワーッ」と大きな声を出したのでしょう。
つと
「急に」「突然に」「ふいに」という意味です。「ふと」に似た言葉です。
奉公先【ほうこうさき】
奉公とは、大きな商家などに、多くは住み込みで働くことです。
貧しい家の子どもが、食いぶちを減らすために、幼いうちから奉公に出されることもありました。
奉公先は、奉公する先の家や店のことです。
蔵する【ぞうする】
「所蔵する」「持っている」という意味です。
幾顆【いくか】
「顆」は、粒状のものや果物などを数える時の単位です。
つぶつぶした粉薬を「顆粒(かりゅう)」と言うときの「顆」です。
ここでは「幾顆」なので、「いくつか」という意味です。
昂然【こうぜん】
「昂」は気持ちが高ぶるようすを表します。
自信に満ちて、気持ちが高ぶっているようすです。
参考文献
参考リンク
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