芥川龍之介「蜜柑」|いろいろ推理! 汽車の旅

芥川龍之介『蜜柑』の世界について、物語の舞台になる横須賀に行ったり、物語に登場するSLが走っているところを間近で見たり、色々経験致しましたので、少しお話しようと思います!

蜜柑メインビジュアル

主人公「私」は芥川自身かも

フリートークの中で、スズキさんと吉田さんが話していますが、「私」って、何歳ぐらいの、どんな人だと思いました?

吉田さんは、「男だと思った」と言ってましたね、「だって、新聞読んでるし、煙草吸ってるし」と。そう感じる人は多いと思いますよ。
そしたらスズキさんに、「はい、それがあなたのジェンダー感です」とハメられましたね。
吉田さん、「くそっ!」と悔しがってましたが。

まぁ確かにこの話、主人公は女性でも老人でも、成り立つと言えば成り立つのですが。
吉田さんは、あながち、間違っているわけではないんです!

解説にも書きましたが、このお話は、芥川さんが実際に体験したことを書いているとされています。本当かどうかは解りません。もう芥川に訊けないし……残念!

じゃあ、どうして実体験とされているか、と言いますと、この作品が最初に雑誌に発表された時は、『私が出遇ったこと』の、『一、蜜柑』として掲載されたからです。
つまり、「芥川のリアル体験シリーズ!」のコーナー、その中の「エピソード I:蜜柑!」なわけです。

どうでもいいですが、もう1つあるエピソードII『二、沼』の方は、『一、蜜柑』より、更に本当かどうかよく解らない感じの話です。

そしてまた、主人公の「私」という人物が、どうも芥川さんの状況と重なります。

芥川さんは、大学を卒業後、大正5年から8年、横須賀海軍機関学校に、英語の教官として務めていました。
このお話の時期設定は、新聞の記事が第1次世界大戦の「講話問題」で埋め尽くされていることから、大正7年であると推測されます。
そして、芥川は、鎌倉の家と職場との行き来に、横須賀発上り列車を使用していたんですね!
今でも防衛大学がありますから、横須賀の街を歩いていると上下白の制服に帽子を被った学生を沢山見掛けます。そんな、若く、志を持つ学生さんたちに教えていたのでしょうか。

芥川の教師時代のお話かもしれない

芥川は、作家として作品を発表しつつ、収入のために教師を兼任していました。
婚約者への手紙の中でも、芥川自身、「作家は今の日本で1番儲からない仕事だと解っている」と書いています。
当時、若くて無名な作家をしながら記者をしている人などが沢山いました。
現代でもそうですよね、俳優の卵をしながら、夜は居酒屋でアルバイト、細々と作曲家をしながら、自宅の居間でピアノの先生……芸術家は、高収入でなければ、兼業している人の方が多いことでしょう。

でも芥川は、小説だけ書いていたかったんですね。友人や婚約者への手紙の中では、この兼業について「不愉快な二重生活」であると苦しみや屈辱を語っています。

まぁ、愚痴ですよね、愚痴。
なんか、芥川って、愚痴っぽいですよね!(偏見)

当時で英語の先生って言ったら、結構いい仕事だと思いますけどね。そこは、小説1本で行きたいっていうプライドがあったでしょうし、仕事してる時間も執筆に当てて集中したかったのでしょう。

噂によると、芥川は勤務最終日、庭先で、「もう使わなくていいんだ! ファイヤー!」とばかりに、英語の教科書を燃やしてメッチャ喜んだそうですから、それほど、本当にイヤだったんですね!

のっけから ひらすら暗いよ

で、お話の方に戻って、主人公「私」を見てみましょうか。

メッチャ、暗い!
暗いよ!

お話始まった1行目の1語目から、冬だし、曇ってるし、日暮れだし、駅はひとけ少ないし、犬は悲しげに泣いてるし。なんだか、景色も音も、悲しげでつまらん感じです。
主人公は、汽車に座って、これらの景色を眺めたり、新聞に目を通したりしてるんですが、登場一発目から、ずっとダルそう。

何があったんだよ!?

そしてめっちゃ「疲労と倦怠」を強調してくるわりに、理由や回想シーンなどは語られず。背景を読者に共有する姿勢、一切なし。

暗いのは「厭世」だから

実は、大正時代に「厭世家(えんせいか)」っていう1つのスタイルが流行ったんだそうですね。この主人公は、その走りとも言えるようです。「厭世」というのは、形容動詞で、「人生に悲観し、生きているのがイヤになっている」こと。だから、厭世家は、理由とか経緯はどうあれ、厭世してるっていうわけです。

「もう、そういう人なのよ、俺は!」っていうことですね。

基本、自分自身とか世の中をつまらなく感じてて、不機嫌。まさに、この主人公です。

時代は進みますが、1950年代、第二次世界大戦後、いわゆる冷戦時代にも、イギリスを中心に、ロックの音楽などの走りで、そういうのが流行します。舞台『怒りをこめて振り返れ』の主人公ジミーは厭世家の極み。最初から最後まで、とりあえず全てに怒り散らして、世界に絶望しています。戦争や大改革の前後、社会全体の風潮として、若者が絶望したり、無気力になったりする、逆に怒りに駆られたりする時代っていうのが、度々あるんですね。

まぁでも、仕事に疲れた現代人とかの方が、この「私」の気持ち、解るかもしれないですね。

人生こんなはずじゃなかった、何やってるんだ自分は?
不景気のせいなんじゃないの?
○○政権のせいなんじゃないの?
年金もらえるの?
残業とか過労死とかしたくない!
こんなもののために生まれたんじゃない!(®鬼束ちひろ)

小娘って呼ぶな

本当にあったお話かどうか解らないので、実在の人物なのか定かではありませんが、もう1人の重要な登場人物は、「小娘」さんです。
自分の想像では、人形作家の与勇輝さんが作るお人形さんのようなイメージですな〜。

まず、「小娘」って呼び方はどうなんだよ! って話ですよね。
ここでは「少女」って呼んでおきましょうね。

主人公の、少女に対する評価は辛辣です。汚い、落ち着かない、貧乏くさい、田舎くさい、不愉快、みたいな。

読んだ人はほとんどみんな、「ひどい! 何様!? 上から目線!」って感じるんじゃないでしょうか。

ちなみに、劇団のの、スズキさん・吉田さんからの主人公への好感度は、とりあえず「10段階中マイナス3ぐらい」ですね。

俺の素敵グリーン車!

スズキさんが指摘しているのですが。

主人公が乗っている車両は二等客車で、今で言う指定席のグリーン車です。当時、横須賀線の二等車は、軍隊関連の人や収入が高い人が使っていたようですよ。
少女の手に握られているのは、三等客車の切符。追加料金を払ってないので、本来、違う車両にいるべきなんです。

「俺の、素敵グリーン車空間がぁぁぁ!」というのが、主人公のイライラなのではないか、という。

主人公は、疲れてるから、静かに寛ぎたくて高い券買ってやっとシートに座って一息ついたのに、なんか空気読めない、うるさい音立てる、身なりの汚い子どもと相席になった。
「余計、疲れるじゃん、俺!」ということなのでしょう。

確かに、これはちょっと同情できるかもしれない。

少女は世間知らずで、料金のことなど、あまり知らなかったのでしょう。汽車に乗るのだって、初めてだったかもしれませんよね。

窓を開けるのは最大NG

それを裏付けるエピソードがありまして、少女は旅の途中、トンネルの中で、汽車の窓を開けようとするんです。

現代人にはピンと来ない内容なのですが、汽車に乗っていて、特にトンネルの中で窓を開けるのは、絶対にしてはいけないNG行為です。

汽車の煙突からは、煙や煤が出続けています。窓を開けると、多少なりとも、風に流れてこれが車内に入って来ます。トンネルの中では、狭い空間に、更に煙と煤が充満しています。ですから、トンネル付近にさしかかると警笛が鳴らされ、
乗客は慌てて窓を閉める、というのが通常です。

それでもやはり多少入り込んでくる煤には悩まされたようです。

機関士さんなど乗務員は更に酷く、1日の業務を終えると、顔もシャツも煤で真っ黒、鼻の中や口の中までジャリジャリ。濡れタオルやゴーグルを使用して業務に当たることも。
それでも長いトンネルや設計の悪い古いトンネルでは、機関士さんが気を失う、死亡する事故もありました。

だから、トンネルの中で窓を開けるなんて!

煙モクモクで、目も口も開けていられる状態ではないと思います。実際は、文章で書いてあるよりも、もっと苦しいのではないでしょうか。主人公が咳こんで呆れたり腹を立てたりするのは、当たり前かもしれません。

それもこれも、トンネルを抜けた先で感動のクライマックスシーンを描くため。そして、その瞬間に、主人公のイライラも和らぐわけですが。

横須賀線と横須賀駅

さて、トンネルの話になりましたので、横須賀線の話をしましょう。

「トンネルが多い横須賀線!」と主人公が言う通り、三浦半島の中は山が多いので、本当にその中を縫っている感じです。

これは、横須賀駅。実際に行って来た時の写真です。レトロで可愛い雰囲気ではありますが、残念ながら、芥川が通った頃の大正のものではありません。

駅前には、特に何もありません。海、って感じです。

元々、横須賀は軍港で、明治22年、港から物資を輸送するために、大船との間に線路が開通しました。もともと人が住むための場所ではなかったわけです。

戦争が終わると、こういった線路は次々に廃線になりましたが、横須賀線は、戦後もあちこちに延びたり繋がったりして、今に至るまで、市民の生活路線として重宝されています。

ちなみに、横須賀駅には、『蜜柑』のために行ったのではありません。京浜急行電鉄本線の、横須賀 “中央” 駅に用事があったのですが、完全に駅名ミスって、間違えて辿り着いちゃいました。

でも「あ、ラッキー、『蜜柑』じゃーん♪」って思って、写真撮りました、えらい!

横須賀中央は、横須賀より少し東南の方にありますが、皆さんが期待する「THE☆横須賀の街」というのは、こちら側になります。

米軍基地があり、外国人が多く、繁華街があり、カレー屋さんがあり、港には第一次世界大戦で活躍した軍艦の「三笠」があって、東郷平八郎さんの像が立っています。

賑やかで、おいしいお店がいっぱいあって楽しい所なので、是非、行ってみて下さい。

登場するトンネルはどれ論争

横須賀駅のすぐ近くに、さっそくもうトンネルがありました!

で、蜜柑の舞台、つまり少女が蜜柑を投げたポイントは、どのトンネルなんでしょう?

横須賀駅を出るとすぐ、最初のトンネルがあります。主人公が「最初のそれに入った」と言っているトンネルです。

トンネルを抜けると、吉倉の街。吉倉公園には、『蜜柑』の石碑があるようですね。あるのは知ってたけど、間違えて着いた場所だし、時間ないし、めんどくさくて行ってないので、写真はないです(行けよ!)

碑があるので、この最初のトンネルが蜜柑ポイントだ!  とする人もいます。

でも、主人公って、1回ウトウト眠ってるんですよね〜。そして少女が窓を開ける音で目を覚ますんです。

吉倉あたりが蜜柑ポイントだとすると、寝て起きるも、景色変わるのも、早すぎませんか? という声もあります。

で、次は長浦の辺りでトンネルが2つあります。1つ目がそこそこ長くて、2つ目の短いトンネルを抜けるとすぐ、田浦駅。この辺が蜜柑ポイントなのではないか、というのが定説だそうです。

そして、ウトウトタイムを考慮すると、もっと先なのではないかとも言われています。

田浦駅を出てすぐ、もう1つ長めのトンネル。この辺になると、路線が東の海沿いからグッと半島を西側へ横切り、逗子・鎌倉の方に曲がっていくところです。だいぶ、山っぽい雰囲気に変わります。また、鎌倉に向かう芥川の帰路の中間地点ぐらいです。なので、この辺りがピッタリなのではないかという人も……。

確かなことは判っていません。

座席の形を検証してみよう

確かでないことと言えば、このお話に出て来る、当時の横須賀線の二等車、
「横須賀線」ということだけででボックス(クロス)シートのイメージが強いですが、ロングシートなのではないか、という説が濃厚です。

なんか、イメージ違いますね。完全にボックスシートで想像してしまっていた。

では、何故そう言えるのか。

「何故って、当時の横須賀線はそうなっているからさ」っていうのを、鉄道オタクの人たちがいろんなサイトで言ってるんですけど。

1つ、うちのスズキさんが、実に理論的に明確に説明しているので、紹介します。

物語の中では、「私」が目を覚ますと、少女が自分の席に隣に来て、窓を開けようとしているんですよね。
せっかく静かにうとうとしていたので、隣で窓をバタバタやってて、うるさいわけです。鼻水すする音もスンスンするし。

さて、ここがポイントなんです。
「私」の “隣” です!

クロスシート、またの名をボックスシートっていうのは、通路(電車の進行方向)に対して垂直に、2人掛けの席が向かい合って、箱型になっているタイプです。

2人で向かい合ってもよし、4人でワイワイ座ってもよし。知らない人と相席になるのも、コミュニケーションが生まれたりして、また一興。のんびり駅弁食べたりするイメージですよね。

もし2人がクロスシートに座っているとしたら?
こうなります。

お気付きになりましたでしょうか!

「小娘」さんは、「私」の向かい側にいるまま自由に窓際に移動できるわけです。
別に、わざわざ、「私」の隣に移動してくる理由が無いんですよね。
万に1つ考えられるとしたら、少女の隣=窓際に、誰か腰掛けていた場合。
でも、後から来て、わざわざ少女の前を通って、通路より遠い窓際に座るでしょうか? また、もう1人いたら、「私」はその人について何か書くでしょう。
なので、見える範囲で、2人きりだったと考えられます。

これがロングシートだと、文章の内容が合致します。

ロングシートは、電車の通路(進行方向)に対し平行に、窓に背を向けるようにして、座席が向かい合っています。
名前の通り、1席が長いです。

これだと確実に、向かい側に座った「小娘」さんが「私」の隣に移動してくる理由があるんです。
少女が座った側ではなく、「私」が座った方の窓から蜜柑を投げたい場合、です。
こっちの窓からじゃないと弟たちが見えない、だから移動して来たわけです。

いかがでしょう?
ご納得いただけましたでしょうか?

芥川は「鉄分」作家かもしれない

あと、座席以外にも、当時の客車の特徴が!

少女の動作が窓を開ける描写から、窓が上から下へパタンと落とすタイプの物であることが判ります。

え、どうでもいいですか!?

なんか、鉄道オタクの人の間では、そういうのが大事みたいですよ。
今回お話について調べる中で、『鉄道文学の旅』という本を見付けました。
鉄道オタクの方のサイトでも、『蜜柑』はよく取り上げられています。
芥川さんは結構、鉄道での話を書くので、「鉄分がある」作家なんじゃないか、などと言われているようです。

SLを見て来ました

そういえば、栃木にて、SLの「大樹(たいじゅ)」を見て来ましたので、写真を載せます。

東武線でSLを復元して走らせているんです。このために、駅や制服をレトロっぽくリニューアルしたり、乗務員が訓練を積んだりと、力を入れているようですね。駅の中にパネル展示の部屋も併設されていて、じっくり読んできました。

カフェの中から、ガラス窓越しに、SLがターンをするのを見られるんです。

方向転換するのに、一度本線から脇にそれて、この場所を使うんですね。

360度回転するので、全方向から見られました。

乗務員さんが手を振ってくれます。鉄道ファンもそうでない人も、みんな動画や写真を撮っています。

思いっきり飛び跳ねてアピールしたら、笑顔と目線と、強めのウェーブいただけました。ありがたい。

印象としては、「SLって意外に小さいんだな」って思いました。もっと、物凄く大きい物を想像していました。

ただ、蒸気と汽笛の音の迫力は、すさまじいです。かなり大きな音で、子どもによっては泣き出しちゃう子もいるほど。遠くまで聞こえる音で、駅付近だと、街中にいても聞こえて来ました。

いやぁ、圧巻でした。

身体が振動するようなこの音を、効果音ではなく、生で、間近で聞けると思っていませんでしたので、歴史も感じるし、なんだか感傷的な、感動的な気持になりました。

旅をしよう

旅先での、一瞬一瞬の出会い、大事ですよ。

みなさんも、蜜柑が空に飛び散る的な印象的な出会い! あるといいですね!

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