芥川龍之介「鼻」|作品に登場する語彙の解説

芥川龍之介「鼻」 コラム
コラム

芥川龍之介の短編『鼻』に登場する、ちょっと難しい言葉の意味を調べてみました。

劇団ののは、言語学や歴史学のプロフェッショナルではありません。
様々な文献や辞書をあたったり、プロフェッショナルの方に手助けをいただいたりはしていますが、あくまでも自力で調べ物をした結果を掲載しています。誤った情報が含まれている場合がありますので、ご注意ください。
また、調べ物をした結果、真実が突き止められないこともあります。
ご了承ください。

禅智内供【ぜんちないぐ】

「禅智」は、この僧侶の名前です。
「内供」は、「内供奉十禅師」の略で、日本の仏教における僧侶の役職の1つです。宮中で天皇の安穏を祈り、天皇の看病、正月に行われる御斎会という行事の読師なども務めます。全国から10人が選出されていました。

池の尾【いけのお】

現在の京都府宇治市池尾です。

池尾
〒601-1394 京都府宇治市

五六寸【ごろくすん】

昔の長さの単位「尺貫法」に基づく測り方です。
1寸=約3cm。5〜6尺は15〜18cmほど。
鼻にしてはちょっと長すぎます。

腸詰め【ちょうづめ】

ソーセージのことです。ウィンナーは羊、フランクフルトは豚、ボロニアは牛の腸の皮に挽肉を詰めて作られます。
日本で本格的に製造技術が広めたのは、第1時世界大戦中に捕虜となったドイツ人、日本企業の要請を受けたドイツの会社のようです。

沙弥の昔【しゃみのむかし】

サンスクリット語に漢字を当てた言葉です。
仏門に入り十戒を受け、正式な僧侶となるための具足戒を受けるために修行している、7歳以上20歳未満の男の僧侶のことです。つまり「禅智内具が、出家したばかりでまだ修行を積んでいない頃」という意味です。

内道場供奉の職【ないどうじょうぐぶ】

「内道場」は宮中にある仏教の修行所です。
「供奉」は「内供奉十禅師」の略なので、内供の仕事を言い換えて表現しています。

専念に【せんねんに】

現代「専念する」と動詞で使用するのが一般的ですが、ここでは「熱心に」「集中して」という意味で、副詞として使用しています。

当来浄土を渇仰する【とうらいじょうどをかつぎょうする】

「当来」は来世を意味します。
「浄土」は、仏様が作った、一切の煩悩やけがれ、悪がない土地のことです。
「渇仰」は、「かつごう」と読むのが一般的で、喉が渇いた者が水を切望するように仏を仰ぎ、慕い、深く信じることです。
つまり、「浄土に生まれ変われるように念じる」ということです。

浄土【じょうど】

仏教において、一切の煩悩やけがれ、悪がなく、仏や菩薩が住む清浄な国土のことです。
逆に、現世は色々な苦しみや悪が蔓延っている汚れた場所、穢土です。
宇宙の中にあまたの仏様が存在し、その数だけ浄土がありますが、極楽浄土というのは最高の仏である阿弥陀仏がいるところのみを指します。

渇仰【かつぎょう】

現在は一般的に「かつごう」と読みます。
喉が渇いた者が水を切望するように仏を求めることです。
「随喜渇仰の念」という言葉があります。

鋺【かなまり】

「まがり」とも読みます。お水や食物を入れる器です。木製のものを「椀」、陶磁器製のものを「碗」、金属製のものを「鋺」と書き分けます。

広さ一寸長さ二尺

昔の長さの単位「尺貫法」に基づく測り方です。
1寸=約3cm。1尺=約30cm。この板は、幅3cm×長さ60cmほどの笏のようなものだと推測されます。

中童子【ちゅうどうじ】

お寺にて、お給仕や高僧の外出時のお供など、雑用をおこなう12〜13歳の少年です。
年齢や経験に応じて中童子、大童子、上童子などと呼びます。

嚔【くさめ】

くしゃみのことです。

喧伝【けんでん】

世間に言いふらすことです。宣伝と似ていますが、喧伝の場合は広める情報が必ずしも良いことではない点が異なります。

俗でないこと/出家した

ここでは、禅智内供が僧侶の身分であることを指しています。
明治時代以前、宗派によっては、妻を持つことが禁じられていました。

経机【きょうづくえ】

経本を載せて読んだり写経したりするための低い机です。現代では、仏壇の近くに置き、お線香や数珠を置いておく人も多いようです。

観音経【かんのんぎょう】

「妙法蓮華経(法華経)」28章の中の25番目、「観世音菩薩普門品」という章です。
「生きている上であらゆる苦難に遭遇するが、観世音菩薩の名を唱えれば、救っていただける」という内容です。
観世音菩薩はいわゆる観音様のことで、大変慈悲深く、人々を救済します。

僧供講説【そうぐこうせつ】

「僧供」は僧に対する供養、僧へのお供えもののこと。
「講説」は、講義し、説明することです。僧侶に寄付や喜捨をして、説法を聴くイベントではないかと思われます。
※どなたか、ご存知の方がいらしたら情報をお寄せください

僧坊【そうぼう】

寺院内にある僧侶たちが住む建物のことです。「僧房」とも書きます。

湯屋【ゆや】

一般的にはお風呂屋さんのことです。ジブリアニメ「千と千尋の神隠し」で、お風呂屋さんのイメージが強いですね。
ここでは、お寺にあった僧侶たちが入る風呂場のことです。
また、神聖な場所でお務めに従事する前に体を浄めたり、断食したり、休息したりするための建物のことを指す場合もあります。

僧俗【そうぞく】

「僧」は僧侶たち、「俗」は俗世間の民間人のことです。

水干【すいかん】

「水干狩衣」の略です。
平安時代に誕生した男性の服で、元々、平民の普段着でしたが、やがて貴族や武家に使用されるよになりました。
フィギュアスケート選手の羽生結弦選手が、映画「陰陽師」の服装を模したコスチュームで滑ったので、イメージしやすいのではないでしょうか。

帷子【かたびら】

裏地の付いていない薄い着物、装束の下に着る服です。

柑子色【こうじいろ】

柑子蜜柑の色で、JISの色彩規格にも定義されています。明るい黄赤で、蜜柑色より少し薄い色です。仏教でよく使われる色です。

帽子【もうす】

僧侶や尼僧が身につけるもので、頭に被るものと、マフラーやスカーフのように首に掛け、首元まで引っ張って立てる、「襟帽(えりぼう)」「護襟(ごきん)」と呼ばれるものがあります。

ここではどちらを表現しているのか、定かではありません。

椎鈍【しいにび】

椎の実を使って染めた色で、青みがかった灰色です。
法衣に「鈍」という種類がありますから紛らわしいですが、ここは「◯◯色の◯◯」という言葉が続いて来ていますから、「椎鈍」は色の名前であると考えられます。

法衣【ころも】

僧侶や尼僧が着用する制服です。
年代や宗派によって異なりますが、袂の長い着物の上に、袈裟という四角い布を方から斜めに巻き付け、下半身には、袴を履きます。

内典外典【ないてんげてん】

仏教を中心に見て、「内典」は仏教の教典の書物、「外典」は儒教など他の宗教のものを指します。「仏教だけに限らず、様々な宗教の教典」という意味で使用しています。

心やり【こころやり】

「心遣り」と書きます。ふさいだ気持を晴らすことです。

目連【もくれん】

正式名称はサンスクリット語で「マウドゥガリヤーヤナ」です。
省略しない場合は「目犍連」です。お釈迦様の内弟子の1人です。

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舎利弗【しゃりほつ】

正式名称はサンスクリット語で「シュープトラ」です。
お釈迦様の弟子で、目連と並んで「二大弟子」と呼ばれます。

竜樹【りゅうじゅ】

正式名称はサンスクリット語で「ナーガールジュナ」です。
2世紀、インドの僧侶です。

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馬鳴【めみょう】

正式名称はサンスクリット語で「アシュヴァゴーシャ」です。
古代インドの僧侶で、詩などサンスクリット文学の先駆者です。

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菩薩【ぼさつ】

仏の次に位置する位で、「菩提薩埵」の略です。
全部で52ある仏の悟りを全てを開いた方を仏と呼び、お釈迦様は地球上でただ1人、仏になった方です。
「菩提」は仏の悟り、「薩埵」は「求める人」という意味なので、仏に至っていません。観音や弥勒は菩薩の中でも52の内の高い悟りを開いた、仏に近い存在です。

震旦【しんたん】

中国の古い呼び方で、「振旦」「真丹」とも書き、「しんだん」とも読みます。
古代インド人は中国のことをサンスクリット語で、「秦の土地」という意味で「チーナスターナ」と呼びました。その音を漢字にしたものです。

蜀漢【しょくかん】

中国の三国時代に、劉備が建てた国です。『三国志』に登場することで有名な、《蜀 – 呉 – 魏》のうちの蜀のことです。現在の四川省、雲南省、貴州省一帯です。

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劉玄徳【りゅうげんとく】

蜀漢を建国した劉備のことです。
古代中国では、人名は《姓+諱+字》で構成されていました。姓は一族の苗字で、同じ姓の人が多いため、出身地と共に伝えました。諱は個人を特定する名前ですが、現代日本人の我々が「ヒカルちゃん」「ユウキさん」などと呼ぶのとは少し意味合いが違います。諱を呼ぶことは相手を霊的に支配することを意味するので、親や主君以外などしか呼びませんし、よほどのことがない限り生前に呼ばれる機会はほぼありません。そこで後から字を付け、友人同士など親しい間柄では字で呼び合いました。
つまり、「劉」は姓、「備」は諱、「玄徳」は字です。《姓+諱+字》を繋げて呼ばれることはまずありません。

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尿【いばり】

字の通り、尿のことです。「湯放」と書いて「ゆまり」「ゆばり」と読んだものが、訛った言葉です。

知己【しるべ】

通常「ちき」と読みます。自分のことをよく理解してくれている人、親友、知人のことです。

供僧【ぐそう】

「供奉僧」の略です。本尊や神社に仕える僧侶のことです。
この人は中国から来て長楽寺というお寺に仕えていることが分かります。平安時代末期から鎌倉時代に掛けて、中国から伝来する医療技術を身に付けた僧医が、民間人の治療において活躍しました。空海のように中国に渡る僧侶がいたり、日本に来ている中国の僧侶がいたり、仏教や医療その他様々な文化と技術が、行き来していたことでしょう。また、古代インドの時代から看病や治療など他人を救済することは修行の一部だと考えられていましたから、違和感なく両立したのでしょう。

聴従【ちょうじゅう】

他人の言うことを聞き入れ、それに従うことです。

提【ひさげ】

「提子」とも書きます。
注ぎ口と弦のある、銀または錫製の、小鍋形の器です。水、湯、粥、酒などを持ち運んだり温めたりするのに使用します。

折敷【おしき】

食器を載せる食台の一種で、お盆のようなものです。四角く、その周囲に低い縁をつけてあります

鑷⼦【けぬき】

正しくは「じょうし」と読み、「鑷」1文字で毛抜き/ピンセットや簪を表します。

四分【しぶ】

昔の長さの単位「尺貫法」に基づく測り方です。
1分=約3mm。4分=約12mmです。

八の字をよせる

眉を八の字にして眉間にしわを寄せること、顔をしかめることです。

残喘【ざんぜん】

残り少ない命のことです。
ここでは、長かった鼻が短く縮んでやっと残っていることを表しています。

誦経【すぎょう】

「じゅきょう」「ずきょう」とも読みます。経文を声を出して読むこと、暗唱することです。

法華経書写の功を積んだ時【ほけきょうしょしゃのこうをつんだとき】

「妙法蓮華経(法華経)」を書き写す、写経をすることです。
写経は、祈りの実践であり、修行の一環です。
禅智内供の「のびのびした気分」を、写経をやり遂げた時の気持に喩えています。

下法師【しもほうし】

最も身分の低い僧侶で、雑用などに使われます。

つけつけと

遠慮や加減をしないで思ったことをはっきり言うようす、無遠慮なようすを指します。「ずけずけと」と同じです。

誦しかけた経文をやめて【ずしかけたきょうもんをやめて】

お経を声に出して読んで、途中で止めたようすを表しています。

普賢【ふげん】

正式名称はサンスクリット語で「サマンタ・バドラ」です。
観音や弥勒と同じく、菩薩です。
大乗仏教で崇拝される菩薩のうちのひとつです。絵画や像の形で、お寺に置かれます。

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「今はむげにいやしくなりさがれる人の、さかえたる昔をしのぶがごとく」

現代語訳では、「今はもう大変落ちぶれてしまった人が、まるで以前の自分の栄光あった頃を懐かしく思うように……」という意味です。
禅智内具は、無意識に「鼻が長かった頃の方が良かった」と感じているようです。
カギカッコ「 」に入っているので、何かの引用のようにも見えますが、おそらく禅智内供のセリフで、文語体で書かれているものではないでしょうか。

法慳貪【ほうけんどん】

「慳(けん)」は物惜しみをすること、「貪(どん)」は貪欲なことを表し、「慳貪(けんどん)」のみで、仏教においてあさましい状態を指す言葉です。
「法」は芥川龍之介が付けたもので、「仏法」を表していると考えられます。

尨犬【むくいぬ】

むく毛の犬、毛のふさふさと垂れた犬のことです。

なまじいに

「なまじ」と同じで、中途半端や不徹底な状態を指す言葉ですが、ここでは、「期待される事態とはならず、かえって好ましくない結果を招く」という方の意味で用いられます。
「禅智内供は、変に鼻を短くしてしまったため、逆にそのことが恨めしくなった」ということです。

風鐸【ふうたく】

仏堂や仏塔の軒の四隅に吊す、青銅製の鐘形の鈴です。風鈴のようなものです。

まじまじしていると

幾つかの意味がありますが、ここでは、目をぱちぱちするようす、眠れないようすを指します。
「まんじりともせず」という言葉が、少しも眠らないでいるようすを指す言葉で、少々紛らわしいので気を付けましょう。

香花【こうげ】

仏に供えるお香と花です。

九輪【くりん】

五重塔など、仏塔の頂上にに置かれる、九つの輪が連なった飾りです。
それぞれが、5の智如来と4の菩薩を表しています。

蔀【しとみ】

平安時代から、寝殿造の住宅、社寺建築において使われた、格子の板戸です。
日光や風雨を遮るために付けられました。
上の方に蝶番をつけ、水平に釣り上げて開けます。

参考文献

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