コラム|NHKドラマ「STRANGER〜上海の芥川龍之介〜」に寄せて -2-|田島裕人

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さて、劇団ののメンバーの田島裕人くんが、2019年末に放送されたNHKスペシャルドラマ「STRANGER 〜上海の芥川龍之介〜』について、7つのキーワードから様々に考察する、全3回の大型コラム企画!

田島裕人

前回(第1回)はこちらから↓

今回は、第2回目になり、内容もどんどん濃くなって参りました。田島と芥川の闇もどんどん深くなって参りますので、心してお読みください。

※以下、ドラマのネタバレ注意!

Topic 3:なぜ芥川は中国に渡ったのか

さて、このトピックでは、芥川の個人的な側面に迫っていきます。

これは、なぜ芥川は、中国への特派員という仕事に向かったのかという点を考える上で、重要になポイントになります。

ここでは、経済的な事情と恋愛関係という二つの側面を見ていきたいと思います。

ゴシップ記事のような内容で、他人のプライバシーに首を突っ込むようで正直あまり気は進みませんが、こういう内容に興味を持ってしまうのもまた人の性です。あきらめて書こうと思います。

芥川の経済事情

当時、作家はいわゆる “稼げる職業” というわけではなく、芥川もまた苦労をしているひとりで、生活のために横須賀海軍大学校の英語教師として働いていました

東京帝国大学英語学部を出ている芥川はハイパーインテリなので、先生の職がありました。しかし、教員という仕事は芥川にとってあまり楽しいものではなかったらしく、創作にも集中できず、ストレスを抱えていたようです。

加えて、1919年に塚本文(つかもとふみ)と結婚、翌1920年には長男の比呂志(ひろし)が誕生しています。経済的にはもっと余裕が必要になったわけです。

渡りに船で、東京帝大時代の先輩である詩人の薄田泣菫(すすきだきゅうきん 本名:薄田淳介)に誘われ、大阪毎日新聞社に入社(社友からスタートし、のちに社員になります。ちなみにのちに芥川賞を創設する菊池寛も同時に入社しています。) 

果たして、入社後の1921年、中国への特派員に選ばれたわけです。

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芥川の恋愛事情

当時、芥川は秀しげ子(ひでしげこ)という歌人と恋愛関係にありました。

2歳年上で、夫のいた女性ですので、ゴシップ的に言うのなら「年上人妻とダブル不倫!」という感じでしょうか。

下世話なのでこの辺にしておきます! 詳しくはこちらの本を読んでみてください!

何月何日にどこでセックスしたのかを、永遠と検証していたりします。

学問って気持ち悪いですね。

さて、芥川は才能のある理性的な人物と恋愛をしたかったようで、年上の人妻、なおかつ歌人ということで、文学的才能もありながらも自分の立場はわきまえてくれる、割り切った不倫ができる相手と見たようです。

しかしこの秀しげ子という女性、極めて情熱的で粘着質な女性だったと言われています。芥川曰く、

「動物的本能ばかり強い彼女に或憎悪を感じていた」

「或る阿呆の一生」(秀しげ子がモデルとされる狂人の娘が登場する)

自分が生んだ子供が芥川に似ていると言いふらすような女性だったようです。不倫していた芥川にしてみれば悪夢のような女性ですよね……

まあ……不倫しなければいいんですが…………

この、「悪夢のような」という表現の通り、ドラマ「STRANGER」でも、秀しげ子は亡霊のように芥川の幻想として登場します。(著作「或阿呆の一生」で、女が我が子を「あなたに似ていやしない?」と話しだすシーンは、秀しげ子がモチーフになったと言われています)

芥川は、秀しげ子から散々な目に遭わされ、逃げ出したかったから中国への渡航を進めた、という側面もあります。

以来、秀しげ子とは一切連絡を取っていないという記録も残っているので、相当なトラウマだったのでしょう。

何度も言うようですが…………不倫しなければいいだけの話なのですが…………

こうして、経済的に余裕が必要だったこと、粘着質な愛人から逃げたかったことから、芥川は中国へ渡りました。特に後者の理由は「STRANGER」の中でも大きな影響を与えています。占いで、「どうしたら苦しみ(秀しげ子)から逃げられますか」と聞いているくらいなので。

皆さん、不倫には気を付けましょう……(結論)

Topic 4:芥川の繊細さ

さて、芥川のパーソナルな部分に迫って来ましたので、ここで、芥川の神経過敏さについて考えていきたいと思います。

芥川は “腹を壊すやつ”

物語というものは得てしてそういうものですが、序盤に物語の核心を突くような描写があったりします。ミステリーで言うところの伏線です。この「STRANGER」も序盤に非常に重要なシーンがあります。

大阪毎日新聞社の上海支局の村田(演・岡部たかしさん)のナレーション。

明治と昭和という険しい時代の狭間にあった束の間の小春日和
大正とはそんな季節であった
世の中にはそういう時期に限って腹を壊すやつもいる

「腹を壊すやつ」というのはもちろん芥川のことです。中国渡航直後から腹を壊して入院する始末ですから、非常に敏感なお腹の持ち主です。

このことを、混沌とした戦争を迎える前に自殺してしまった芥川の社会的な位置づけと掛け合わせて、このシーンでは描いているわけです。

晩年は神経衰弱に悩まされる芥川のことなので、様々な思惑が飛び交う社会の空気についても、繊細にかぎ取っていたのではないでしょうか。

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後のコラムでも詳しくご紹介しますが、特に「STRANGER」では、架空の人物ルールーを登場させ、彼との交流を描くことによって、その敏感さをさらに鮮烈に描き出しています。これは、脚本家、渡辺あやさんの創作部分ですが。上海にいる社会的弱者に共感する芥川と、時代の空気の中で体調を崩していった芥川は、相互にリンクしているように感じられます。

ドラマの中で、この「繊細すぎる芥川像」というのは何度も繰り返して提示されています

繊細なのは作家だから

芥川が作家という立場にあったことも、中国(上海)旅行において重要な点です。

新聞社の特派員という、対象を「外」から見つめる立場でありながらも、作家としては人々を「内」から見つめることを試みていたからです。

優れた作家は対象物を様々な角度から高い精度で見つめていきます。精度が高いということはその分ノイズも入りやすいので、神経質になったり体調を崩したりすることは必然です。

加えて、人間を内面と外面両方から変革を起こす、政治への思いをたくさんの当事者から聞く、というは非常に密度の濃い体験であったと思います。俯瞰的に中国を見る目線を持ちながらも、自分の感性に従って政治的(感情的)にならざるを得ないというのは、大きかったのではないでしょうか。

そしてその理由となるのは、対象が、芥川が憧れ(ロマン)を抱いていた中国だったから、というは、第1回のコラムで説明した通りです。

繊細さを見事に体現する主演の松田龍平さん

さて、本作で芥川龍之介を演じたのは松田龍平さんです。

松田さんの特徴は淡々とした演技、というのが一般的な評価かと思います。派手であったり、情熱的であったりはしないけれども「そこにいる」という、最も根本的で難しいことを、無理なく自然にできる役者さん、というように理解しています。

実際、松田さんは製作発表の際に、文豪ということで特別な役作りをしておらず、一人の若者が異国の地をどのように見つめたのかを自然にやりたい、ということを話しています。

確かに、芥川は非常に近代的で神経質な人間だったので、実際の人物像は、ドラマの中での表現とは乖離があるように感じられます。(ドラマでは、尖った過敏さよりも、穏やかでほんわかした、やや受け身な繊細さを感じる)

それでも松田さんの演技に違和感を覚えなかったのは、上海という空気を「感じて」「反応する」という部分について、自分の感覚に嘘をついていなかったからだと思います。

対照的に村田役を演じた岡部たかしさんは、混沌とした上海の空気に負けない、強かで猥雑な雰囲気を積極的に創りだしているように感じました。

ぐいぐいと行く村田に引き込まれながら、それをただ眺める芥川に感情移入していくことで、ドラマをすんなりと受け止められる効果が生まれていました。

Topic 5:このドラマの構造

さて、芥川についてずいぶんと掘り下げましたので、ここで一度、作品全体、つまり物語の仕組みについて、考えてみましょう!

物語の構造って、気になりません?

「物語の仕組みを考えながらテレビを見るなんて疲れないのか?」という疑問が浮かぶかもしれませんね。

好きこのんでやっております! したがって、積極的に聞き流させて頂きます(笑)

最近、物語の仕組みが気になる、という話をある先輩にしたところ「そんな見かた、したことなかった!」と言われました。ところが、よくよく聞いてみると、その先輩も音楽をやっており、「音楽を聴く時は、演奏者や指揮者との相性、演奏の進行の方法が気になる」と言っていました。

だから、きっと自分もまともなはずだ! と自分に言い聞かせながらこの文章を書いています。

大学時代に演劇を経験してからというもの、すっかりフィクションの作り方、裏側が気になる性分になってしまい、物語を純粋に見るというのとはまた違う愉しみを知ってしまいました。これだから芸術は中毒性があるのだな、とつくづく感じさせられます。

どこからどこまでがフィクション?

今回の「STRANGER」の物語の仕組みが気になったのは、この作品を観た直後に抱いた素朴な疑問がきっかけです。

日本で学生時代を過ごした人の大方と同じく、私もそれまで読んだ芥川作品と言えば「羅生門」「鼻」「杜子春」「蜘蛛の糸」「蜜柑」などの有名作品のみで、そもそも芥川が上海に新聞社の特派員として派遣されていたことも初めて知ったくらいだったので、予備知識はあまり多くありませんでした。

初見の感想として、妓楼(ぎろう 遊女を置いて遊ばせる場所のこと)や租界(外国人居留地区)の街並みをはじめとする、セットの作りこみが細かく、クオリティが高い。たまたま私は直前に上海に行っていたのですが、そこで見た景色と比べても、非常にリアルでした。

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また、霞掛かった、幻想的且つ映画的とも言える映像が、雑然とした雰囲気や異世界感とマッチしている。と、感動があったのですが。

同時に、このような疑問を持ったのです。一体どこからどこまでがフィクションなのだろう……と。

エピソードや人物の描写は詳細でありながら、芥川の著作の世界と融合していたり、呪術を行うシーンなど、芥川の脳内イメージや夢らしきものを表現しているシーンなどがあり、それらは非常に妖しげな雰囲気を出ていました。芥川の旅行記をベースにしていながらもフィクションらしい要素が、強く押し出されていたのです。

めっちゃ調べてみた

気になり始めると止まらなくなってしまう性格なので、とにかく調べてみることにしました。

シーンごとの出典を明らかにするために、手始めに芥川に関する本を2冊読みました。

続けて、上海および中国に関連する芥川の著作を8作品読んでみることで、基本的な情報を頭に入れてみました。

この時点で、

「ああー、あのシーンはここからきてるのか」
「このシーンはドラマだけのオリジナルなのか……脚本家の力よ……」
「ここは旅行記と作品が合体してるのか!」

などと発見が非常に多く、楽しくなってきました。この辺の楽しみ方は、ただただオタクですね。我ながら気持ち悪くて最高です。

次に、これらの出典情報を頭に入れたうえで作品をもう一度見てみました。

この時、シーンごとに関連する出典をメモしておき、Excelに時系列や物語の性質別に並べてみました。

ドラマをこのようにしてもう一度、細かく見終えてみたとき、私はふと思いました。

「自分はいったい何をしているのだろう……」と。

しかし、なんにせよ、物語の仕組みをとらえるための資料は集まりました。もう引き返すことはできない状況になっています。そのままの勢いでこの文章を書いているので、たぶん私はかなりおかしくなっているんだと思います。

めっちゃ調べた成果 3本の柱がある!

どどん。

結論から言えば、ドラマ「STRANGER」の仕組みは、以下の3本の大きな筋に分けて考えることができます。

  1. 芥川の旅行記『上海游記』に基づくドキュメント
  2. 芥川による上海が舞台の著作「アグニの神」「湖南の扇」の挿入
  3. 「STRANGER」オリジナルのストーリー

つまり、この作品は「芥川の記録 + 芥川の創作 + ドラマ制作者の創作」が合わさった作品というわけです。

次回に乞うご期待!

それでは、次回のコラムでは、物語の中心となる「上海游記」「アグニの神」「湖南の扇」の三作品を紹介しながら、ドラマの中で、それらの作品間にどのような繋がりを見せているのか、説明したいと思います。

参考リンク

次回のコラムはこちらから↓

コラムの第1回はこちらから↓

劇団のので朗読した芥川龍之介の作品はこちらから↓

ドラマについてNHKのサイトはこちら↓

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