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キャスト日記:吉田素子『人には人の怪談話』

出た!! 吉田素子さんが、ブログ記事を書いてくれました!

怪談シリーズの3本、夢野久作『縊死体』、夏目漱石『夢十夜』、小泉八雲『雪女』が公開されたということで、今回作品と配役をプロデュースした吉田さんの、シリーズに寄せる思いを、お聞きください。

吉田さんのブログといえば、今まで2回とも、「まぁ、途中まででいいんだったら、いくらでも書いてあげるよ?」というやや上から目線で、堂々と途中で終わらせており……もはやそちらの方がホラーだったのですが。

今回もドヤ顔で「ブログ書いたわ」と、送って来てくれました。そして、読み進めてみると、これはなかなか面白い怪談論になっているので、お楽しみください。

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皆様、こんにちわ。

途中で終わるブログ記事でお馴染み、吉田素子です。

さて今回、吉田は『真夏の怪談話』シリーズの作品選定を担当しました。
理由は簡単。

「やっぱさー夏は怪談話やりたいよねー」

と、ノリで提案したからです。

如何せんノリで発言してしまったために、スズキ氏から、

「今回はもちこ(私のあだ名)が作品決めてねー」

とLINEをもらった時は焦りました。何を隠そう私、怖い話が苦手なのです。

当然、怪談話も好んで読んでいたことはありません。

やばい……

「やっぱさー夏は怪談話やりたいよねー」

……。

ノリで生きていた過去の自分をひっぱたきたい……

しかし、後悔先に立たず。

任されたからにはやってみようじゃないか。

こうして、吉田の怪談話選定がスタートしたのです。

まずはいわゆる怪談話に触れようと、青空文庫で掲載されている作品をさらさらと斜め読みしていきました。

江戸川乱歩、岡本綺堂、夢野久作、小泉八雲 etc……

これらを読み進めているうちに、私には1つの疑問が浮かびました。

「そもそも『怪談』とはなんぞや」

というのも、どうやら私の考えていた怪談話と作家先生たちが書かれた怪談話とは、ほんの少しだけ、ズレがあるように感じたからです。

ここで軽率な吉田の発言を思い出してみましょう。

「やっぱさー夏は怪談話やりたいよねー」

ふむ、つくづく迂闊ですね。しかしもう一点気になることがあります。

なぜ人は夏に怪談話をしたいんでしょうか……

ずばり夏は暑いから怪談話を聞いてゾーッと怖くなって、涼しい気持ちになりたいからですよね (´~`) 

「怪談話」というのは、イコール「怖い話」なのだ \(°∀°)/ 

それが私の見解でした。

でも、読んでるうちに、確かにあったんですよ。

「なんだこれ、怖くないしぶっちゃけよくわからん」って作品が。

これで怪談と言えるのだろうか。

怖くなきゃ意味ねぇだろこんちきしょう。

いつも上品な私の口も、悪くなりました。

そこで困った時はGoogle先生ですね。

もしかしたらそもそも定義が違うのかもと、「怪談 意味」で調べたら……
ありました!!

【怪談】(かいだん)
 (1) 化け物・幽霊などの出てくる気味の悪い話。
 (2) 真相がさだかでなく、納得のいかない出来事。

だそうです。

なぁんだ、イコール「怖い話」というわけじゃないのかぁ。

確かに私が読んだ作品は、得体の知れない奇妙な存在と対峙する人間どもを主軸に進められるものが、ほとんどでした。

また、その話のオチも「え、終わりかい」とか「結局なんやったんや」というものが多い気もしました。

納得いかないってやつですね。

なるほど、なんだか奇妙なものが出てきて、納得がいかない話ならそれが怪談なのか。

ここで、「いやいやだからそれは結局怖い話ってことでしょ」というツッコミが聞こえてきそうですね。

でもその作品が「怖い話」かどうかは、『作品に出てくる奇妙で得体の知れない存在』のことを、読み手個人が怖いと思うかどうかで変わっちゃうと思いませんか?

私は、人の恨みや怨念が「幽霊」となって出てくる怪談話は、素直に「怖い」と感じました。
「人の恨みは怖い」だったり、「そもそも恨まれるようなことをしでかしたこいつらが怖い」と思ったのです。
人間関係というテーマは、身近でリアルに感じることが出来たからでしょうね。

対して、幽霊ではない「妖怪もの」はあまり怖いと感じませんでした。
化け猫とかカッパとかですね。

おそらく、「そんな生き物ありえない」と思ってたり、状況に共感できなかったのが原因なのでしょう。

読んだ作品の中に、「海に出た漁師を、海坊主が船ごと襲い難破させてしまう」というストーリーの作品がありました。

この作品の筋や状況は理解できたのですが、「怖いか」と聞かれると、残念ながらそうは感じなかったのです……

(想像力が貧困なことも、致命的な原因だとは思います)

でも、ふと思ったのです。

「これって、海沿いにお住まいの方や、それこそ漁師の方だったら、きっととても怖いと感じるんじゃなかろうか」

(私の貧困な想像力が奇跡的に追いつきました)

身近な事象だからこそ、恐怖が一層煽られるというのはあると思います。

そうしたことを考えながら改めてこの作品を読むと、一度目に比べて不思議と恐怖を感じ「この話は怖い話だ」という印象に変わりました。

恐怖は人によって違います。

幽霊が怖い人。

海坊主が怖い人。

虫が怖い人。

高い所が怖い人。

人が怖い人。

当然のことではありますが、その人の年齢、性別、性格、生い立ち etc で恐怖の対象は変わってくるのです。

そしてそれは、人によって「怖い話」も違うということです。

今回は、『真夏の怪談話』というテーマだったので、できれば多くの人に「恐怖」を感じてもらい、涼しくなって欲しいと思っていました。

なので、恐怖を与える『奇妙で得体の知れない存在』は、作品によって違うものであるべきだ、という考えに至りました。

どれか1つでもいいから、怖いと思ってくれってことです(笑)

幸い劇団ののには、それぞれ違う味わいのある、個性豊かな役者が揃っています。

どの役者に、どんな作品を朗読してもらったら、より恐怖を演出できるか。
その点も、作品選定における基準として置きました (´ω`)

そして選んだのが、

小泉八雲『雪女』

夏目漱石『夢十夜』より「第十夜」

夢野久作『縊死体』

です。

『雪女』は、誰もが1度は聞いたことのある定番の怪談話として。

読後「本当に意味がわからなくて奇妙! 納得もできない! これが怪談話か!」と思ってしまった作品、『夢十夜』の「第十夜」も、入れない訳にはいきませんでした。
ちなみに、『夢十夜』は、栗田ばね氏が推薦してくれた作品です。

『縊死体』は、その奇妙な状況は勿論、語り手自身が恐怖の対象となる可能性を持った作品として。

3作品とも、それぞれの役者の持ち味を存分に生かしてくれるだろうという期待も込めて選びました (´ω`)

出来上がりが楽しみでした (*´艸`*)

そんな訳で、劇団ののの『真夏の怪談話』シリーズ、配信してますよ ♪
これを聞いて、皆さんも暑い夏を乗り切ってくださいねっ☆

って、夏終わっとるやないかーーーーーい!!!

しょうがないんです、こればっかりは。
劇団ののはクオリティを求める集団ですから、多少ののんびり配信ペースは大目に見てくださいや。

しかしすっかり秋になってしまったので、追加で秋っぽい話もやることにしましたよー!

作品は夢野久作『きのこ会議』!!!

秋の味覚、ひゅ~

演者はなんと、主宰・のあのえると、私、吉田の同級生コンビがお送りします!

てか2人で何かやるの初めてじゃね?

こちらは現在、誠心誠意練習中でございます!

皆さん楽しみにしててくださいねっ☆

(やった書き切った)

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うわぁぁぁ終わったーーーーーー!!

吉田さんがちゃんとブログを終わらせているーーーーーー!

新しいホラーの始まりです。

次は、ホラーとファンタジーの合いの子ぐらいの、なんだか不思議な童話シリーズが控えているので、お楽しみに!

 

立つんだ吉田

今日は、夢野久作『きのこ会議』、小泉八雲『雪女』、そして宮沢賢治『注文の多い料理店』トークの収録日です。豪華3本立て!

吉田素子さん、あの打ち合わせの日から、翌日すぐに1人カラオケで、数時間、キノコたちの演じ分けを練習したそうです。
そして、喉を枯らしたそうです。何してるんだよ。

正直、意外でした。
打ち合わせの翌日の朝には、吉田さんはもう飽きているだろうと思っていたからです。
「今日は急にキノコに目覚めているけど、どうせ明日になったら、『めんどくさ、つーか、何、キノコって』または『え? キノコ? 何の話だっけ?』などと言い出し、この話は無くなるだろう」と、思っていたからです。
まさか、キノコについて調べたり、カラオケで練習するなどとは思っていませんでした。
吉田さんをここまで動かすキノコとは、本当に、一体何者なんでしょうか。

今日も気合いが入っており、収録する部屋を借りる2時間ほど前にロビーに集まって、練習と、念入りな打ち合わせをしました。
眉間にシワを寄せ、大変真剣なご様子。これは、ハツタケ村長を演じているところです。

吉田さんが、人生で真面目になる瞬間、それは、受験、冠婚葬祭、きのこ会議、だけです。

さてさて、いよいよみんなが集まり、収録です。

早く来てまで真剣にキノコキャラの最終調整していたことを告げると、スズキさんに、少し引かれました。
しかし、そんなことで、吉田さんはヘコタレません。
「え? なんで? 当たり前じゃん。練習するっしょ」と、キノコへの敬愛を曲げることはありません。
見てください、この良い姿勢。まるでテングタケだ。

ところで、今回のキノコたち、発言があるキャラクターには、それぞれ、演技の参考にした有名人さんがいます。
まず、ナレーションは、アニメ『はたらく細胞』のナレーションのコピー。
次に毒のないキノコさんたち。
ハツタケは、村長さんキャラ。ということで、おじいちゃん政治家さんを参考にしました。某村山元総理などでしょうか?
マツタケは、リーダーシップを発揮し、威勢や威厳もあるけど、どこか世間知らずで上品な感じが漂う。ということで、名優の高橋英樹さんだそうです。
シイタケは、アイドル。某AKBの前田敦子さんを参考に、可愛くモテモテな感じです。

と、ここまで毒気のないキノコさんたちは順調に来たのですが、毒キノコの一軍が来たところで、吉田さんのスランプが来ました。

毒気が足りない。
正義感を感じて、ヒーローっぽく聞こえてしまう。
マツタケの英樹との区別がよくわからない。

などなど、様々な問題点を指摘され。
ちょっと凹みました。
「なんだよ……ダメ?」

そこで、真剣な話し合い、試行錯誤を重ねた結果、「よし、仲村トオルさんだ」という結論に至りました。
この、仲村さんの再現率はちょっと凄いと思うので、ぜひ本編を聞いていただきたいです。あっちゃんの真似とかももちろん上手なんですけど、仲村さんの比ではないです。声が男性だったら結構モノマネでいいところに行くのではないかという上手さです。

ところで、今回のディレクター吉田さん。物凄い圧で、みんなを巻き込み始めました。自分が演じ分ける4人のキノコたちに加え、取り巻きの民衆キノコたちの、「そうだそうだ!」「いいぞー!」「その通り!」などというガヤが必要なのだそうで。
スズキさんも、ナレーションも、ガヤとして参加することになりました。
ちなみに、吉田さん本人も参加しているんですよねぇ……そして、1番ノリノリ。なので、吉田さんが力いっぱい演説して、それを吉田さん本人が泣き叫んで賞賛するという、よく分からない音声になっています。

『雪女』の収録のために来て、待っていた戸塚くん。
音を立てず、静かにコンディションを整える戸塚くん。
キノコに夢中になる8歳年上の大人を、虚無になって見守る戸塚くん。

自分に関係ないと思っていたら……

菌糸の魔の手が、伸びて来ました。
というわけで、途中から、唐突に男性キノコの声が入って来ます。
軽いパワハラの構図を目の当たりにしました。
しかし、突然の参加でもちゃんと真面目にやりこなすのが、戸塚くんです。

そして、『雪女』の収録も無事に済みました。

戸塚くんは、タブレットで朗読する派です。

栗田ばねさんが到着して、『注文の多い料理店』のトークも収録しました。

『注文の多い料理店』は、奇しくも、『きのこ会議』と通じる部分が色々あります。どちらも童話のようなファンタジーで、自然 VS 人間のお話になっています。が、それぞれ違う方に軍配が上がるんですよね、そこが面白いです。
音源編集をした栗田さんの製作裏話が面白く、今までで最大人数の4人トークなので、ぜひお楽しみに!

ところで。

どうした、吉田さん。

キノコターンが終わり、燃え尽きてしまったようです。
灰になった吉田。
立つんだ、吉田。
しかし、天を仰ぎ、どこか満足げです。
おつかれさまです、本当に。

さて。この後、ナレーターのノアにはもう1つの役目が残っておりまして。
実は、作品の前後に入る、テーマ音楽をバックに、タイトルコールをしているのは演出ノアなのですが。
「ハツタケ:吉田素子、マツタケ:吉田素子、シイタケ:吉田素子」と延々、全キャラクター分を読むという苦行を課せられました。
この音源は、笑いを堪えているのが丸わかりなのと、せっかく本人が笑いを堪えたのに、スズキさんと栗田さんの笑い声が普通に入っていたため、後日録り直しが決定致しました。
しかしまぁ。あれだけ「吉田素子」を連呼させられたのに、程なくして「加賀美もちこ」という芸名に、改名しました。ふざけんな。

「こんな夢を見た」…見るな!

「こんな夢を見た」で有名な夏目漱石の『夢十夜』です。
美しい謎の美女、幻想的なシーンの数々から、何度も映像化、舞台化、漫画化された、全10編の作品集から選ばれたのは……「なんでこれにしたの?」という『第十夜』です!! 最も意味不明で、別に美しくもなんともない『第十夜』の見所とは!
『夢十夜』については、もはや多くの人によって色んな解説や分析が出されているので、深くは言うまい(深く知らない) あくまでも劇団ののが思う、「ここがヤバい!」という点について、一緒につっこんでいきたいと思います。
栗田ばねがイラストとコラムを担当してくれた、テキストの解説と合わせてお楽しみください!(そちらはめっちゃ真面目です!!)

 

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『夢十夜』といえば、皆さん、「こんな、夢を見た」という書き出しを思い浮かべるのではないでしょうか。
栗田ばねが調べたところによると、実は、全ての話がこの始まり方をするわけではなく、第一、二、三、五夜だそうで。『第十夜』は、全然違う始まり方です。

 

 

そして、『夢十夜』を想像する時に、幻想的な美しいお話を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
それ、多分『第一夜』です。美しい女が現れ、男に「もう死にます」と言う。「死んだら埋めてください」「100年待っていてください。きっと逢いに来ますから」と。墓を掘って待ち続ける男。しかし女は来ない。やがて白いユリの花が1輪咲いて、男はその花にキスし、遠くの空に暁の星を見ると、もう100年経っていたことを悟る。
わぁ! なんて幻想的な光景!

 

実は、わたしが大学に入学してすぐの頃、演劇部やダンス部の先輩たちが、『夢十夜』を舞台にしていたんです。1年生のわたしは、それを観て、物凄い衝撃を受けた記憶があります。舞台装置、衣装、照明、振り付け、アイテム使い、宣伝美術、使用曲など、どれもこれも印象的で、まさに総合芸術でした。当時の出演者の中には、その後プロのダンサーや舞台俳優になった方もいて、今も活躍しています。
その後、大学卒業までサークルで舞台公演をしている時は、いつも、どこか必ず、その公演を意識していたほどです。必ずしも振り付けや演出を真似したわけではありませんが、その奇想天外さ、美しさ、出演者の放つ熱量、それを観た時の衝撃を、自分の中で忘れないようにしていた、という感じです。今も、美しいシーンの数々をありありと思い出せます。
「100年待っていてください」と語りかける着物姿のダンサーの女性、舞台にスーッと咲いてくる真っ白いユリの花。差し込む光の筋。感動のシーンでした。

 

ところが。
どうですか。
なんですか、この『第十夜』は。

 

美しいのって、『第一夜』で、後はおかしな話ばかりなんですよ。特に『第十夜』は、最もナンセンスだと言われています。

 

ところで、『第十夜』に出て来る美女は、この『第一夜』の女と同じ美女なんでしょうか? それとも、違う美女なのでしょうか? わかりませんね。そこは明かされていません。
どちらにしても、夏目漱石の他の様々な作品に出て来る、大人しくて謎めいた青白い美女像に、近いものがあります。
そして、『第十夜』の登場人物、庄太郎は、実は『第八夜』にも出て来ます。
主人公は違う男「自分」。
その「自分」が床屋に行くと、鏡の中に、パナマ帽子を被った庄太郎が歩いて行くのが映り込みます。庄太郎は、いつの間に捕まえたやら、女を連れて歩いている。女の顔をよく見ようとしたら、もう行っちゃった。

 

 

この鏡に映ったのは、もしかしたら、『第十夜』で庄太郎が女について行ってしまった、その瞬間なのかもしれません。
そう考えると、ちょっと監視カメラの映像とか、目撃証言っぽくないですか? 鏡越しというのが、また良い。
こうして、一見全く関係ない話同士に微妙な関連があるのは、面白いですね。夢って、時々、はちゃめちゃでナンセンスなわりに、妙にリアルなポイントが混ざっていたりするものです。
このシリーズは新聞に連載していたものですが、『第八夜』を書いてから、そこに出て来た2人を再度登場させたのでしょうか。それとも、全部の構想を済ませてあり、『第十夜』の2人を『第八夜』に予告のようにちょっと出しておいたのでしょうか。謎です。

 

ところで、『第十夜』について、色んな文献、感想、ブログ、解説を読んでいると、結構、真面目なものばかりでした。まぁ、そんな文章を書くような人なので、みんな真面目に読んでいるのでしょう。
「夢とは何だ」とか。「7日間という数字は、聖書っぽい」とか。もちろん「豚のエピソードは聖書の引用だ」とか。
とても面白かったです。分かりやすいし。勉強になりました。

 

しかし!
わたしは、「ダウト!」と言いたい。
というわけで、わたしが「おい!」と思ったポイントを紹介しましょう。

 

その前に、このお話、構造がやや複雑なので、説明します。
まず、「自分」というのがいます。夏目漱石さん自身なのでしょうか? 夢を見ている主人公です。「自分」は、「健さん」っていう人から「庄太郎」の身の上に起きた話を聞かされます。
そして、庄太郎をさらってひどい目に遭わせた「女」。あとは、庄太郎が行方不明になって心配する親戚の人々や、7日後に帰って来たときに庄太郎を出迎えて心配する町内の人たちが出て来ます。

 

 

この話に出て来る人たちが、とにかく変なんですよ!!

 

1人目はもちろん、中心人物、庄太郎。

 

まず、彼は町内一のモテ男で、すごく善良で、正直者だそうです。
って、ほめた後なのに。
彼には趣味がある、それは、夕方から果物屋の前で座って、通り過ぎる女の顔を見ては、しきりに感心すること……「そのほかにはこれというほどの特色もない」
って、次の文ですぐ切り捨てるんですよね。

 

いやいや、さっきほめたじゃん!
しかも特色がその趣味だけってどんなヤツだよ!

 

結構な趣味ですよ、「女を見る」
バードウォッチング的な。
そして、あんまり女が通らない時は、果物を眺めてるらしい。

 

暇すぎ……!!!!

 

どうやって生計立ててる人なんですかね?
あ、この果物屋さんの人か。
と思うじゃないですか。
違うらしい。
「やっぱ商売するなら果物屋に限るよね」的なことを言いながら、自分は特に店をやるわけでもなし。
時々、夏ミカンを眺めて「色がいい」とか品評する。
でも、絶対お金を出して果物を買ったことはない。

 

めっちゃ迷惑!

 

何しに来てるんですか、他人の店に。
女が通らない時は家に帰りなさいよ。
この店の店長はどう思ってるんですかね。毎日毎日、パナマハットかぶった庄太郎太郎がヘラヘラ店頭に座ってること。プチ営業妨害じゃないですか。現代なら間違いなく通報モノ、または動画で拡散されて夕方のニュースになる案件かと思われます。

 

でも、町内の人からは、別に呆れられも見放されもせず。庄太郎がさらわれたり熱を出したりしたら、みんな凄い心配してるんですよ。
何故かっていうと、やっぱり、庄太郎がいいヤツだからだと思います。なんたって、善良で正直。

 

いいヤツなので、ある時タイプの美女が現れて、果物のカゴをさして「これを下さい」って言ったら、庄太郎は、すぐに取って渡して差し上げるわけです。

 

って、待って庄太郎!
お会計した?
そもそも自分のお店じゃないし、店員気取りでカゴ渡すなよ!

 

そして庄太郎、やっぱりいいヤツなので、女が「カゴが重たい」って言ったら、「家まで持ってってあげる」って言って、ホイホイついて行ってしまうわけです。
ここでも漱石、「庄太郎は元来 閑人(ひまじん)の上に、すこぶる気さくな男だから」って書いているんですが、ちょいちょい庄太郎に毒を吐くのは何なんでしょう? 愛情の裏返し?

 

 

もう1人、ヤバいヤツを紹介します。なんと言っても、健さんですよ。

 

物語の1番初めの文は、庄太郎が女にさらわれて、7日経って帰って来たら熱を出して寝込んでる! って、「健さんが知らせに来た」っていうところから始まります。

 

健さんって誰!?

 

健さんって言ったら、かの有名な不器用な健さんしか知りませんが。
いきなり登場して、特に何の説明もなし。おそらく町内の仲間なのでしょう。

 

そして庄太郎から聞かされた、「女にさらわれ、崖っぷちに連れて行かれ、豚の大群と戦った」という一連の流れを語り終えて、健さんが放った一言が、こちらになります ↓

 

健さん「だからあんまり女を見るのはよくないよ」

 

……え! そこ!?

 

自分「自分ももっともだと思った。」

 

自分、まさかの同意!?

 

ハイ! この話の教訓は、「あんまり女を見るのはよくない」ということになりそうです。まぁ、たしかによくないよ。皆さんも、女を見る際は気を付けてください。

 

そして、衝撃の結び。

 

自分「けれども健さんは庄太郎のパナマの帽子が貰いたいといっていた。庄太郎は助かるまい。パナマは健さんのものだろう 〜fin〜」

 

健さん!! サイコパス疑惑!!!!!

 

「庄太郎、もう死ぬっぽいし、あの帽子ほしいなぁ〜」ってどんな友人ですか。形見分けフライング。
そしてそれを平然と聞いてる自分も自分でしょう。どういうテンションなんだろう??
でも、そこがまさに夢っぽいところなのかもしません。夢の中で、物凄い恐怖や焦りを覚える時もあれば、逆に、現実ではもっと焦るようなことが起きていても、何故か冷静に受け入れてしまったり。

 

最後に1つ、なんじゃこりゃ、と思ったポイントを紹介します。

 

それは、女が庄太郎を崖っぷちに連れて行き、「ここから飛び込んでごらんなさい。思い切って飛び込まなければ、豚に舐められます」と言った時のことです。
(それ自体、そもそもどういう条件なんですか)

 

 

自分「庄太郎は豚と雲右衛門(くもえもん)が大嫌いだった。けれども命にはかえられないと思って、やっぱり飛び込むのを見合わせていた」

 

またサラっと流しそうになったけど、雲右衛門って……誰!?

 

クモえもーーーーーーーーん!!

 

これに関しても、この一言しか出て来なくて、もう次の瞬間には豚がブーブーやってきてクライマックスになってしまうので、やっぱり何のことやら分かりません。

 

お恥ずかしながら知らなかったのですが、桃中軒雲右衛門(とうちゅうけんくもえもん)さんっていう、明治から大正に掛けて活躍した浪曲師の方がいたそうです。
すごい売れっ子で、浪曲の社会的地位を上げるきっかけとなった人。レコードも出している。彼を主人公にした映画や小説まであるようです。

 

で?
庄太郎が嫌いな雲右衛門が、この人だとして、です。
なんで嫌いなの?
なんで豚と並列で嫌いなの?

 

本当に、なんで嫌いなのか、よく分かりません。他に嫌いなものないのかな??
当時、漱石が雲右衛門さんを嫌いだったのかもしれません。「嫌いな芸能人」みたいな。
雲右衛門からしたら、とんだとばっちりですよ、急に新聞連載の小説で誹謗中傷されて。これが有名税ってやつですかね。

 

☆ *・。☆ *・。☆ *・。☆ *・。☆ *・。☆ *・。☆

 

嗚呼。
「なんだよそれ!」というポイントしかない、『第十夜』でした。
お口直しに素敵な素敵な『第一夜』を読むことをオススメして、この記事を終わりにしたいと思います。