Podcast作品


ブログ記事

横光はキリスト教徒?

本日のお稽古は、横光利一『春は馬車に乗って』と、江戸川乱歩『指環』です。

 

 

『指環』は、今日は栗田ばねさんがお休みで、田島裕人くんだけです。

 

 

 

みんなで、Aの役とBの役を回し読みしました。梅田くんが、江戸っ子っぽいべらんめえ調を気に入りました。

「これはいいねぇ〜。トントント〜ンと言ってほしいね」

 

 

そんな梅田くんが務めるのは、『春は馬車に乗って』の、夫役です。

 

 

今日は、後半の、妻の容体が悪化したところを中心に練習しました。

もうすっかり、ガッツリ演技を固めている溝端育和ちゃん。さすがプロ。

 

 

後半、妻が、夫に「聖書を読んでちょうだい」と頼み、夫が聖書を朗読するシーンがあります。

 

今、日本のキリスト教の世界では、なんとなく牧師に共通した聖書の読み方があります。別に、「これが基準だ」と明確に決まっているわけではないのですが、統一された方向性はあるように思われます。特に、年配の牧師さん。

 

しかし、当時は、どんな読み方をしていたのでしょうか? 戦前から脈々と伝わる牧師の聖書の読み方が、外題に伝わっているのでしょうか? それとも、当時はもっと違う読み方をしていて、戦後に今のスタイルが定着したのでしょうか? そもそも、何かものを読む時というのは、どういうテンションで読んだのでしょうか?

 

 

横光は、よく小説にキリスト教の要素を登場させますが、どのぐらい信心深かったのでしょう? というのは、夫は、どの程度キリスト教に親しんで、妻に聖書を朗読していたのでしょう?

 

 

梅ちゃんは、

「僕は、夫はそんなに信心深くはないと思う。これはね、妻が熱心だったとして、夫は付き合わされてるだけだと思うの」

と推理します。

「だって、ここ見てよ。汚れたバイブルって書いてあるんだよ? 愛着があって、読み込んでるからボロボロになっているんだとして、リスペクトがあって大事にしてたら、汚れたっていう風には言わないと思うよ」

とのこと。確かに。聖典に向かって、「古びた」「くたびれた」とは言うかもしれませんが、「汚れた」というのは、リスペクトが足りないかもしれません。

 

* * * * *

 

これはあとで調べたことですが、戦前の義務教育では、ものを読むときは音読、特に群読が基本だったようです。大きな声を出し、唱和するのが基本だったわけです。

むしろ、戦後には、みんなで一緒に大きな声で何かを読むことが全体主義的、軍国主義的な教育を想起させるため、群読は奨励されなくなり、黙読できる力を育てたり、句読点で区切って1人ずつ順番にやり方が主流になったようです。

ということで、夫は、「声に出して聖書を読んでくれ」と頼まれても、あまり抵抗が無かったかもしれません。現代人の方が、音読はちょっと照れてしまい、苦手な人が多いのではないでしょうか。

 

* * * * *

 

また、横光がどのぐらい信心深かったかというと、キリスト教に対する知識や教養、関わりはありましたが、心の底から熱心に信じていたのではなかった、とする説が主流のようです。また、反発を持っているという論説もあります。

他の作品では、教会の牧師の娘を目当てにキリスト教との振りをして教会に通う青年が登場しています。

また、『春は馬車に乗って』に出て来る聖書の詩篇の箇所も、妻の容体や話の筋など、作品に合わせて都合のいい箇所が選ばれ、やや改編が加えられているのです。

これは、熱心な信者では、恐れ多くてできないことでしょう。

 

しかし、面白いエピソードもありまして。横光は最初の妻と死別した後、兼ねてから彼のファンだった女性と結婚し、子どもを持っています。

晩年その妻に「近所に教会ができたから行ってみたらどうだ」と勧めたのは、横光でした。横光自身は晩年で体調が悪化してたため、一緒に通うことは叶いませんでしたが、妻はその後、洗礼を受けてクリスチャンとなっています。

横光は、キリスト教と、何かと距離を保ちながら、深く関わり続けたことになりますね。

 

* * * * *

 

また、この物語に登場する、唯一の他人、お医者さんは、どういうお医者さんなんだろう? という話になりました。

 

お医者さんの役をやることになるであろう、田島くんです。

 

 

スズキヨシコさんが想像するのは、若くて、淡々としたお医者さん。医大生のような雰囲気です。特に感情的にならず、無慈悲に病状を伝えてくるという設定です。

 

 

梅ちゃんが想像するのは、そうではなく、たくさんの患者を見てきたからこそ、無慈悲にではなく、淡々と伝えてくる老医者。

 

 

こちらは、みなさんの演技や、今後の話し合い次第で、じっくり決まっていくことですね。

 

 

「秋」の4コマ漫画:「卵を取られたニワトリが」

芥川龍之介「秋」を読んだ人にしか分からない、マニアックな漫画を書いてみました。
今回は、照子と俊吉の新居に泊まることになった信子が、夜、俊吉と二人きりで庭のニワトリを見に行くシーン(Podcast「秋」第3話をお聴きください)から。
タイトルは「卵を取られたニワトリが」です。
(さらに…)

「秋」の3コマ漫画:「照子の反省」

芥川龍之介「秋」を読んだ人にしか分からない、マニアックな漫画を書いてみました。
今回は、信子が大阪に行く前に、照子がニワトリに挨拶をさせたというエビソード(Podcast「秋」第1話をお聴きください)から。
タイトルは「照子の反省」です。
(さらに…)