海野十三「三十年後の東京」|作品に登場する語彙の解説

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三十年後の東京 海野十三の○年後+小酒井不木
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海野十三の短編『三十年後の東京』に登場する、ちょっと難しい言葉の意味を調べてみました。

劇団ののは、言語学や歴史学のプロフェッショナルではありません。
様々な文献や辞書をあたったり、プロフェッショナルの方に手助けをいただいたりはしていますが、あくまでも自力で調べ物をした結果を掲載しています。誤った情報が含まれている場合がありますので、ご注意ください。
また、調べ物をした結果、真実が突き止められないこともあります。
ご了承ください。


万年雪【まんねんゆき】

山岳地帯などで、地形的・気候的な要因から、雪が溶けずに残っているものを「万年雪」といいます。
最近は地球温暖化の影響で減少してきているようです。

雪渓【せっけい】

万年雪と同じ意味です。

うばガ谷【うばがだに】

「うばがだに」にはいくつもの候補があります。

  • 神奈川県の海辺に、「姥ヶ谷(うばがやつ)」という地名があります。
  • 福井県には「姥ヶ谷古墳」という古墳が存在します。
  • 静岡県浜松市にも「姥ヶ谷」という地名があります。
  • 栃木の那須岳の辺りに「姥ヶ平」があります。

「姥」というのは、姥神(うばがみ)など老女の姿をした人間の力を超えた存在をさすことが多く、姥が登場する伝承、逸話などが各地に残されています。(姥はお能の物語にも登場します。)
つまり、そういった伝承がある地などに地名として付けられることが少なくないので、日本各地に「姥ヶ沢」や「姥ヶ谷」といった場所があるのです。

ところで、富山県・新潟県・石川県・福井県・岐阜県などにまたがる白山(はくさん)国立公園内には、「姥ヶ滝」という滝があります。
下記リンク先『石川県白山自然保護センター 普及誌「はくさん」第27巻 第4号』の8ページ、地図の中に「姥ヶ谷」という地名を発見できました。

ここであれば、登山に行って万年雪が存在するという設定に合致するかもしれません。

機雷【きらい】

水中に設置される爆発物の武器で、まるで海の地雷のようなものです。
有名なものは、黒い球体にトゲトゲのような突起が生えた形をしています。
潜水艦や船が近付いて、直接触れて爆発する形式のもの、近付く際の水圧などで爆発するもの、また、リモートコントロールで爆発するものなどがあります。

人形劇の『ひょっこりひょうたん島』では、海賊たちが機雷を恐れるエピソードが描かれます。
また、映画『ゴジラ -1.0』では、戦後、主人公が海に撒かれた機雷を除去するチームで働く様子が描かれています。

アイ・ボルト

「アイ・ボルト」「アイ・ナット」は、片方の端が輪っかの形になっており、もう片側の端がボルトやネジになっている形状の金具です。
「吊りボルト」「吊りナット」とも呼ばれ、ワイヤーを接続したり、クレーンでの吊り上げ作業をしたりする際に使用します。

金属級にはアイ・ボルトが何本か打ち込まれていたということなので、その輪っかにワイヤーを付けて吊り上げ、金属級を運搬したのでしょう。

酸水素焔【さんすいそえん】

水素ガスと酸素を高圧で混合したときに出る炎のことです。
金属の溶接や切断に使用されます。

携帯無電機【けいたいむでんき】

無電機は、無線電信機の略称です。
一般的に「トランシーバー」といって想像するものではないかと思います。
または、いわゆる「携帯電話」を未来予想したものかもしれません。

航空商会【こうくうしょうかい】

ここでは、架空の航空会社・なんらかの航空事業をしている会社をさしていると思われます。

ヘリコプター

当方の知識が乏しく、間違っている点があるかもしれませんが、調べて分かった限りのことを書きます。

竹とんぼ式のヘリコプターは、大昔から(レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチなど)アイディア自体は存在していました。
飛行機の開発に比べると発展が遅く、第二次世界大戦や戦後すぐの時点では、一応、米国・ドイツ・日本などでも開発はされており、部分的には導入されていたものの、現在のように人が多数乗って物を運搬できるようなヘリコプターが実用化されていなかったと考えられます。
現在ほど一般的ではなかったため、「ヘリコプター(竹とんぼ式飛行機)」という補足説明が必要だったのでしょう。
「五トンぐらいのものがらくにもちあがるヘリコプター」というのは、海野をはじめ、当時の人たちが待ち望んだ技術だったのかもしれません。

東京区長【とうきょうくちょう】

結論から申し上げると、現実には「東京区長」という役職はなく、フィクションであると言えるでしょう。

江戸時代に「武蔵国」であった地域に、明治維新以降、廃藩置県によって「東京府」が置かれました。
若干ややこしい話ですが、東京府の中の一部の地域に「東京市」というものが置かれました(あまり実感を持って想像が付きませんが、二重行政になっていたとか?)。
東京市の範囲は変遷していて、明治時代の最初は現在でいうところの山手線内の辺りから両国や押上くらいまでの心臓部の範囲でしたが、1936(昭和11)年の時点では現在の23区の領域とほぼ一致するほどに拡大されます。

1943(昭和18)年7月1日、新しい法律によって「東京府」や「東京市」は廃止され、「東京都」に。
首長は「都長官」が務めました。

戦後もずっと東京は「東京都」で、政治の代表者は都知事です。

ここまで歴史を振り返ってみると、「東京区」という地区や、「東京区長」という役職は見当たりません。
海野さんは、それまでに目まぐるしく行政の区域などが統廃合を繰り返していたことを意識して、三十年後にはまた何か変わっていて、「東京区にでもなるだろう」と予想して書いたのでしょうか。
それとも、ファンタジーなので、なんとなく、ありそうな役職名を考え出してみたのでしょうか。

間違っていたら、どなたかご指摘ください。

土まんじゅう【どまんじゅう】

地面の上で、土をまんじゅうのように丸く盛った場所をさします。
土葬のお墓や、塚を立てる場所などに見られます。

連合科学協会【れんごうかがくきょうかい】

架空の団体です。
「世界の学者が集って組織している」とありますが、この物語が書かれた頃、国際連盟が国際連合になったことがあり、今後、国際的にこういうものができるという期待があったのではないかと考えられます。

「いや、あるよ」という方がいらしたら、どなたかご指摘ください。

銀ブラ【ぎんぶら】

諸説ありますが、「銀座をぶらぶらすること」の略であるという説が有力です。
ただし、初出・発祥は不明で、大正時代にはすでに定着した言葉でした。

1920年ごろの銀座の様子です。

出典:Wikipedia

待避壕【たいひごう】

爆弾などの攻撃や噴火から身を守るために避難するための壕で、主にコンクリートなどで作られます。

武蔵野平原【むさしのへいげん】

武蔵野台地の平な土地には、ススキなどをはじめとする草原が広がっていて、万葉集や古今和歌集など多くのうたにも、その平原のイメージが詠まれてきました。
特に国木田独歩が書いた『武蔵野』によって、現代人には、さらにそのイメージが定着していることでしょう。

物語の中では、東京の地上の都市が消え、元のような草原に戻ってしまっているようです。

衣料費【いりょうひ】

家計の支出において、下着をはじめとする衣服にかかる費用をさします。
「被服費」とも呼びます。

音だけで聞くと、「医療費」だと思ってしまいそうですね。

三等寝台【さんとうしんだい】

寝台列車の中の、三等寝台車のことです。

すでに一等・二等の寝台車が存在していましたが、昭和初期(戦前)に三等が登場します。

一等や二等の等級は、時代によってどれを一等・二等とするか変遷があったため、はっきりとどのようなしつらえであったかということの説明は省きますが、軍や政府の高官が乗ることも考慮されていました(戦前のオリエント急行などのイメージです)。

三等の登場時はベッドが三段で、寝具などの備えが無かったようです。
一等や二等にはある程度の快適さやプライバシーを守るしつらえがある一方で、三等は「横になって移動できれば良い」という簡素なものであったと言えるでしょう。

下記リンク先で詳細が丁寧に説明されています。

小杉少年は、野菜が何段も重なった棚で管理されているお野菜を見て、段数が多い三等寝台車のベッドみたいだと感じたのでしょう。

現在、国内の寝台列車はかなり減少しており、定期的に運行しているのは「サンライズ瀬戸・出雲」のみです。(観光用など、特別な寝台車が臨時で運行することがありますので、お確かめの上、楽しんでください!)

化学線【かがくせん】

紫外線の別称ですが、ここではっきりと紫外線のみをさしているかどうかは定かではなく、なんらか太陽光線に変わって化学変化を起こさせるような光線を想定しているのかもしれません。

太平洋横断地下鉄【たいへいようおうだんちかてつ】・気密列車【きみつれっしゃ】

これらは、すべて架空のものです。

物語の中では、人類は地上から地下都市の生活に切り替えているので、国際交流する際には必然的に地下を移動して行き来することになります。

風穴の中を駆け抜ける気密列車とは、どういう仕組みなのでしょうか。
今ひとつ、分かりませんでした。
リニア中央新幹線の構想に近いものなのでしょうか。

1947年の時点では、日本人はまだ自由に海外旅行ができる世の中ではありませんから、小学生が楽しくワイワイとアメリカやヨーロッパに遠足に行けるような未来を思い描いていたのだと思うと、なんだか少し切ない気持ちになります。
何十年か後には、日本の高校生がハワイや韓国に修学旅行に行くようになるなど、この頃の日本人には想像もつかなかったことでしょう。

参考文献

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