国木田独歩「竹の木戸」|スタッフコラム|加藤綾音「行間にある心…。」

コラム
竹の木戸
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こんにちは。劇団のの 制作の、あやねです。

今回、朗読の作品を選ぶにあたり最初に「竹の木戸」を読んだ時に残った印象は、その臨場感と生々しさでした。

淡々と日常を描いている作品でありながらドキリとさせられる、肌感のある作品だと思います。

言葉の端々やら、所作やら、物言いやら、物言わなさやら……。

登場人物は「つい昨日会ったあの人か」というような鮮やかさで、時代を超えて近付いて来るのに、ひとことでは説明できない。鮮明なのに複雑です。

先日とある国際的な集まりで、日本の人の慎重さ、主張の無さに焦点が当たった時がありました。

「何も言わない = 考えがない、もしくは恥ずかしがり屋」と映るらしい。

しかし実際は、「どう言おうか考えているうちに会話が進んでしまった」ということも……。

案外、何も考えが無いのではなく、考え過ぎて言えない時もあるのですよね。

「それを“inside busyness=内なる忙しさ”と言ったら、少し伝わるかな……」なんて話していました。行間に色々詰まっているのです。

国木田独歩は、作中、たまに会話の行間の「心中(しんちゅう)」を書いています。会話そのものから伝わってくるものもあります。

6月のワークショップを通し、朗読とは、この「行間」を深め表現してみることで、作品の中の人の、心に出会う挑戦だと思いました。

どんな心と表現に出会えるのか……楽しみながら取り組みたいと思っています。

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