5分の稽古で収録しちゃいました!

今回は、小川未明『遠くで鳴る雷』の収録!
この作品、ナレーションは、演出のあが務めました。
収録日に到着して、その日、初めて読みました。
練習してないんかい!
してないですね。

 

「なんか、もういいよ、大丈夫だよ、読めるよ、短いし」
と、オレオレ詐欺チームの誘い文句のように、スズキさんに言われ、
1回サラッと目を通して、ほぼほぼ、ぶっつけで録りました。

 

酷い話だ!

 

とはいえ、そのぐらいの気軽さ、手軽さ、身軽さで録れるのが、
単独(短編)作品の醍醐味かな、って思っています。
『竹の木戸』や『秋』のように、
大勢で「ああでもないこうでもない」と議論や稽古を重ねるのも一興、
1人で声のトーンやペース配分を考えてインスタントするのもまた一興。

 

で、迷ったのが、読み方です。

 

朗読にも、歌のボーカルのようなところがちょっとありまして。
同じ人がカラオケに行ったとしても、
ぱみゅぱみゅを歌う時と、SUPER FLYを歌う時で、
全部同じ自分の声、同じトーンで歌う人っていないと思うんですよ。
さすがに、完璧な物真似を目指したりはしなくても、
無意識に、雰囲気を本人に似せて歌ってるんじゃないでしょうかね?
そんなに歌がうまくないっていう人でも。

 

朗読やアナウンスでも同じことが言えると思うんです。
作品やニュースの内容に合わせて、声のトーンやスピードを、
意識的に、または無意識に、変えている人が多いと思います。
大御所俳優さん、人気声優さん、有名な朗読の先生とかは、
求められているコンテンツが、その人の声や癖そのものになるため、
また話は別なのでしょうけれど。

 

『遠くで鳴る雷』は絵本のような、児童向け文学です。

 

春に吉田素子さんが読んだ、芥川の『蜘蛛の糸』も、
児童向けに発表された作品ではありますが、
舞台が地獄だったり、仏教用語が多かったり、
口調も丁寧な言葉で、なんだか重厚感がありまして。
吉田さんの、深い、諭すような、落ち着きボイスが似合っていました。
「吉田素子ここにあり」って感じでしたね。
(ちなみに、吉田さんはポケモンとかディズニーに出て来そうな、
アニメっぽい可愛い声も出せます)

 

遠くで鳴る雷

 

さてさて、対して、このお話『遠くで鳴る雷』は、
ひたすら夏休みの絵日記みたいな、ほのぼのした雰囲気です。
教訓めいたものも見当たらないよ。
さて、どうしたものか。

 

直近でノアが読んだのは、芥川の『蜜柑』ですが、
これは、やや低めの声で、腹式呼吸で、真面目にやりました。
頭の中で常にNHKのアナウンサーを思い浮かべて読みました。
ちなみに推定48歳、黒髪ショートカット、グレースーツ、ファンデ白め、
英語ペラペラ、NHKスペシャルの戦争物常連、です。
知らんがな。

 

こんなこと考えながら読むの、ちょっとバカみたい、って思いますけど、
元の顔や声に個性や自信が無い人間っていうのは、
「鉄板」「必殺技」が無いわけです。
なんだか今まで蓄積した色んな引き出し開けてみたり、
新しくダウンロードしてみたりしないと、いけないわけです。

 

しかも、裏設定をしっかり決めたら、
それを徹頭徹尾、忘れないように演じきらないと、
途中でキャラ変わって来ちゃうんですよね。
技術が無いのも相まって、喉のポジションがブレブレになって、
急に声が低くなりすぎたり、気分で若くなっちゃったり。
物語の大筋の盛り上がりやペース配分と違うところで、
妙な違和感を感じる、変化が来ちゃうわけです。

 

そういえば吉田さんも、お釈迦様は小日向文世さんを、
カンダタのセリフのとこは千鳥の大悟さんを、
それぞれイメージして読んだらしいですが。
たとえ個性があっても、やっぱり妄想って必要らしいです。

 

さて、『遠くで鳴る雷』を『蜜柑』と同じNHKトーンで読んだら、
淡い淡い、夏休みの絵日記の水彩画が、
どんよりフランドル画のように重たくなっちゃいそう。
というわけで、ちょっと軽めの声と口調で行くことにしました。

 

どのぐらい軽くするか、で迷いましたが、
そうだ、NHK総合じゃなくて、Eテレにしよう!
という謎の横滑り。
「宮沢りえちゃんが、動物番組とかCMでナレーション当ててる風」
という謎の設定をダウンロードしてみました。

 

口角を上げたまま、ちょっと喉の奥めから、息まじりに声を出す。
母音に「 ゛」を付ける気持で。
基本、のほほんと楽しそうに読んで、
悲しそうな場面は、ちょっとしゅんとする。

 

これでなんとかなるだろう!

 

鬼監督スズキさんに
「はい、もういい? 読み方決まった? 行くよ!」
と、機材のスイッチをポチられ、
いざ、収録!

 

意気揚々と1ページ読み終わり、
早速つまずいたのが、セリフの部分です。
なんと、主人公の少年、二郎と、その母、登場!!!!!

 

おえ!?
これ、人が出て来るの?
そして、どっちもうまく読めません!!!!!!

 

これは、なかなか意外なアクシデントに足を取られました。
「1920〜1950年代の洋物の映画に出て来る親子」にしかならないんです。
すっごい、お金持ちのお家のボンと、上品なお母さんみたいな。
声に、どうしても角というか、輪郭、エッジがあるっていうか、
キーン、リーン、と響きみたいなものがくっきり出てしまうらしく。

 

いくつもの二郎、いくつもの母を試しましたが、
スズキさんに却下されました。
「いや、その二郎、絶対に金髪だろ、キュウリ育てないだろ」
「母、上流階級じゃん!」
このままでは、ドレスにつば広帽で紅茶をいただく母と、
セーラー服で子馬に乗る二郎になってしまう!!!!!

 

伝わらないと思うんで、絵にしてみたんですけど、
どうも、こんな感じの世界観になってしまうんですよ。

 

 

ファンの人には怒られそうですが、萩尾望都風に描いてみました。
数分で書いたので許してください。

 

そこへ、録音室の重たい二重スライドドアが、
ガラッ、ゴゴーッ!
と開いて現れたのが、救世主、吉田素子さんです。

 

スズキ「ねぇ」
ノア「母を読んでよ」
吉田「おう。え……は? あたし『秋』を読みに来たんだけど!?」

 

遠くで鳴る雷

 

ということで(?)吉田さんが母の役になりました。
自動的に(?)スズキさんが二郎ちゃんの役になりました。

 

 

酷い話だ!

 

この記事の冒頭で単独作品の魅力について語ったのに、
もう早速、矛盾して来ましたね。
そうです、これは、実は、複数名出演作品なんです!
あっははは!

 

『遠くで鳴る雷』のフリートークでは、そのお2人が、
当日、いきなり役を振られた理由はあんまり詳しく述べていませんが、
戸惑った心境を明かしています。

 

さて、スズキさん曰く、「飛び込み二郎ちゃん」ですが。
少年らしく、ピュアで、素朴で、いい感じですよね!
空気にフワーッと溶けていくような声が、子どもらしくて。
スズキさんって、日常でもよく、
不安そうな、困り眉のような表情をするのが印象的なんですけど。
キュウリへの心配をする感じがリアルです。

 

そんなスズキさんの演技に引っ張られ、
「無い母性が、出たよね!」という吉田さん。
こちらは、『トトロ』に出て来る、
サツキちゃんとメイちゃんのお母さんをイメージしたそうです。
時代が同じなので、まさにぴったり合っています。
包み込むような、落ち着いた、温かな母の声、素敵です。
ドレスじゃなくて、ちゃんと着物とか割烹着とか、してそうです。

 

まぁ伝わると思うんですけど、一応描いてみました。
そうそう、これだよ、これが求めてたお母さんと二郎ちゃんですよ!

 

 

ほんとに戸惑ったのかな? って思うぐらい、
やれって言われて、いきなり演じられるから凄いですよね。
トークで言わなければ、当日、突然役が決まったこと、
バレなかったと思うんですよね。
2人とも5分ぐらいしか練習してないですもん、ホントに。

 

この作品の見所、いや、聞き所? は、
いきなり振られて読んだ2人のセリフ部分のナチュラルさ、です!
自信持ってオススメします。

 

スタッフ日記:制作 加藤綾音『行間にある心…。』

 

こんにちは。劇団のの 制作の、あやねです。

 

今回、朗読の作品を選ぶにあたり、
最初に「竹の木戸」を読んだ時に残った印象は、
その臨場感と生々しさでした。

淡々と日常を描いている作品でありながらドキリとさせられる、
肌感のある作品だと思います。

言葉の端々やら、所作やら、物言いやら、物言わなさやら……。

登場人物は「つい昨日会ったあの人か」というような鮮やかさで、
時代を超えて近付いて来るのに、ひとことでは説明できない。
鮮明なのに複雑です。

 

先日とある国際的な集まりで、
日本の人の慎重さ、主張の無さに焦点が当たった時がありました。

「何も言わない = 考えがない、もしくは恥ずかしがり屋」

と映るらしい。

しかし実際は、
「どう言おうか考えているうちに会話が進んでしまった」
ということも……。

案外、何も考えが無いのではなく、
考え過ぎて言えない時もあるのですよね。

「それを“inside busyness=内なる忙しさ”と言ったら、少し伝わるかな……」
なんて話していました。
行間に色々詰まっているのです。

 

国木田独歩は、作中、
たまに会話の行間の「心中(しんちゅう)」を書いています。
会話そのものから伝わってくるものもあります。

6月のワークショップを通し、
朗読とは、この「行間」を深め表現してみることで、
作品の中の人の、心に出会う挑戦だと思いました。

どんな心と表現に出会えるのか……
楽しみながら取り組みたいと思っています。

 

役者には役者の読み方で

 

引き続き、暖房が効かない寒い部屋での稽古です。
この日は、色んな人が朗読する音声を聴いて、参考にしました。

 

☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆

 

ここからは、稽古でやった場面と、それについてキャストが話した内容をお届けします。
作品本文は、青空文庫からコピーしたものに、読み易いよう改行を加えています。
キャストが話した内容は、録音した物を文字に起こし更に編集しています。
なお、議論は明確な答えを出すものではなく、情報は必ずしも正確ではありません。
演出を付けるために自由な発想に基づいて発言しております。

 

☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆

 

国木田独歩より 竹の木戸

 

磯吉が帰って来た。
頭が割れるように痛むので寝たのだと聞いて磯は別に怒りもせず驚きもせず自分で燈を点け、薬罐が微温湯だから火鉢に炭を足し、水も汲みに行った。湯の沸騰るを待つ間は煙草をパクパク吹していたが
「どう痛むんだ」
返事がないので、磯は丸く凸起った布団を少時く熟と視ていたが
「オイどう痛むんだイ」
相変らず返事がないので磯は黙って了った。その中湯が沸騰て来たから例の通り氷のように冷た飯へ白湯を注けて沢庵をバリバリ、待ち兼た風に食い初めた。

布団の中でお源が啜泣する声が聞えたが磯には香物を噛む音と飯を流し込む音と、美味いので夢中になっているのとで聞えなかった、そして飯を食い終ったころには啜泣の声も止んだのである。
磯が火鉢の縁を忽々叩き初めるや布団がむくむく動いていたが、やがてお源が半分布団に巻纏って其処へ坐った。前が開て膝頭が少し出ていても合そうとも仕ない、見ると逆上せて顔を赤くして眼は涙に潤み、頻りに啜泣を為ている。

「どうしたと云うのだ、え?」
と磯は問うたが、この男の持前として驚いて狼狽えた様子は少しも見えない。
「磯さん私は最早つくづく厭になった」
と言い出してお源は涙声になり
「お前さんと同棲になってから三年になるが、その間真実に食うや食わずで今日はと思った日は一日だって有りやしないよ。私だって何も楽を仕様とは思わんけれど、これじゃ余りだと思うわ。お前さんこれじゃ乞食も同然じゃ無いか。お前さんそうは思わないの?」
磯は黙っている。
「これじゃ唯だ食って生きてるだけじゃないか。饑死する者は世間に滅多にありや仕ないから、食って生きてるだけなら誰だってするよ。それじゃ余り情ないと私は思うわ」
涙を袖で拭て
「お前さんだって立派な職人じゃないか、それに唯た二人きりの生活だよ。それがどうだろう、のべつ貧乏の仕通しでその貧乏も唯の貧乏じゃ無いよ。満足な家には一度だって住まないで何時でもこんな物置か――」
「何を何時までべらべら喋舌てるんだい」
と磯は矢張お源の方は向ないで、手荒く煙管を撃いて言った。
「お前さん怒るなら何程でもお怒り。今夜という今夜は私はどうあっても言うだけ言うよ」
とお源は急促込んで言った。
「貧乏が好きな者はないよ」
「そんなら何故お前さん月の中十日は必然休むの? お前さんはお酒は呑ないし外に道楽はなし満足に仕事に出てさえおくれなら如斯貧乏は仕ないんだよ。――」
磯は火鉢の灰を見つめて黙っている。
「だからお前さんがも少し精出しておくれならこの節のように計量炭もろくに買ないような情ない……」
お源は布団へ打伏して泣きだした。
磯吉はふいと起って土間に下りて麻裏を突掛けるや戸外へ飛び出した。

戸外は月冴えて風はないが、骨身に徹える寒さに磯は大急ぎで新開の通へ出て、七八丁もゆくと金次という仲間が居る、其家を訪ねて、十時過まで金次と将棋を指して遊んだが帰掛に一寸一円貸せと頼んだ。明日なら出来るが今夜は一文もないと謝絶られた。
帰路に炭屋がある。この店は酒も薪も量炭も売り、大庭もこの店から炭薪を取り、お源も此店へ炭を買いに来るのである。新開地は店を早く終うのでこの店も最早閉っていた。磯は少時く此店の前を迂路々々していたが急に店の軒下に積である炭俵の一個をひょいと肩に乗て直ぐ横の田甫道に外て了った。

大急で帰宅って土間にどしりと俵を下した音に、泣き寝入に寝入っていたお源は眼を覚したが声を出なかった。そして今のは何の響とも気に留めなかった。磯もそのままお源の後から布団の中に潜り込んだ。

 

☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆ 。*・☆

 

—磯吉は一応、お源に「どう痛むんだ」と質問している。

◆栗田:これ、2回訊いて無視されるじゃないですか。やっぱり2発目はキレていいの?
◆皆:キレないよっ!
◆栗田:どう痛むんだぁぁぁ!? オォォォイ!!!!!(叫)
◆皆:叫ばないでよっ!
◆栗田:叫びたい。
◆のあ:「狼狽えた様子は無い」って書いてあるじゃん。
◆栗田:狼狽えるのと、キレるのは、違います。狼狽えずに、キレる。
◆のあ:キレてたらそれは、狼狽えた結果キレてんじゃん(笑)
◆栗田:え〜。

 

—「貧乏が好きな者はいないよ」も叫ばないでね。

◆Caori:これは、「うるせーな」って感じの言い方? でも怒り過ぎない感じ。
◆吉田:イライラで、まぁ、それこそ叫びそうなんだけど、押し殺して、これが出たんだろうね。
◆スズキ:だからこそ、外に逃げ出す訳だしね。
◆Caori:だから最初に金次と将棋するのかね? 1度、イライラをクールダウンしようとしてるのかな?
◆のあ:妻が家で泣いてるのに、なんで将棋して遊んでんだよ、って感じもあるけどね(笑)

 

—磯吉が家を飛び出した時、勝算はあった? 無かった?

◆栗田:だから、磯吉って、最初から “泥棒” じゃないんだよね。最初は、合法的にお金を借りようとしてるんだよ。友人から。やっぱり、明治時代は、お金の貸し借りが文学になるんですよ。漱石の小説とか。金借りないと始まらないんだろうね、やっぱり。

 

—お源って、どのぐらい泣くんだろう?

◆栗田:これ、お源の涙のペースも、かなり細かく指定されてるね。
◆吉田:涙のペース(笑) そうね。
◆のあ:すすり泣くとか、袖で拭くとか、結構細かいね。
◆スズキ:かおりんさんの演技を、もっと舞台の演技みたいに、大袈裟にやってみてもいいんじゃないかな。1度マックスで読んでみる?
◆Caori:演技をマックス?
◆スズキ:そうそう。

 

—ちょっと、色んな音声を聞いてみよう!

◆栗田:だから、ちょっと、これ聴いてみましょうよ。(PCを開く)

◆スズキ:なになに?
◆のあ:今日ね、午前中の稽古で、とづ(戸塚)と3人で、色んな音源聴いたんだ。
◆スズキ:あ、そうなの?
◆のあ:朗読とかアナウンスを教えてる講師の先生とか、あと大御所俳優さんのとか。

 

—「竹の木戸」の朗読を聴いてみました。

◆Caori:凄く、王子様っぽいね。
◆のあ:ミュージカル俳優みたいだよね。
◆Caori:はぁ〜、結構、お源の役では泣くんだね、このシーン。
◆スズキ:思ったより演技するね〜ぇ。
◆のあ:そうだね。かおりん(Caori)すすり泣きとか続けてていいよ。もう。
◆Caori:あ、ホントに?
◆のあ:劇団で朗読してることの意味が無いとなぁ、と思って。綺麗に読むっていうことは、もっとプロフェッショナルな先生たちがやってることだし、我々には多分完璧にはできないじゃない? 勿論、ある程度の基準は満たすべきだし、基礎練習とか努力するべきなんだけど。
◆スズキ:何が違うんだろう?
◆のあ:わたしとか、もちこ(吉田)がやって来たメソッドの朗読は……まず、滑舌とか発音は基本的に絶対正しく読まなきゃいけない。なるべくニュートラルに読む。変な抑揚を勝手に付けたりしないように、必ず意味に則した高低差を付ける。感情の起伏とか、演技に近い部分で言えば、聞き手の想像をかき立てる程度の読み方で、自分の思い込みで派手派手に演じたりするのはNG。
◆吉田:そうなんだよなぁ。

◆のあ:でも、わたしが集めてるのは何らかの形で、小劇場で演技してる役者さんたちだから。もっと自由でいい。本に忠実であれば。そのためにこうやって議論してる訳だけど。
◆栗田:あ、じゃあ俳優さんの聴きましょう。

 

—栗田ばねオススメ、橋爪功さん、高倉健さんの朗読を聴きました。

◆Caori:最初から凄いなぁ……喋り始める最初の1音目から、センテンス全体を見越した音の入り方とペース配分だよね。凄い。説得力あるし、内容がスルスル入って来るなぁ。わたしは綺麗すぎるよりこっちの方が入って来る。
◆のあ:うん。なんか、ある程度、読んでる人の生きて来た軌跡みたいなものが、役者さんだからこそ、出てる気がする。やや引っ掛かる部分残してるから、聞き逃したり、理解できない部分とかが無いよね。
◆栗田:オススメです。

 

—アニメ「サザエさん」を、音だけで聴いてみました。

◆栗田:凄いでしょ、これ。
◆吉田:恐ろしい抑揚だね。
◆栗田:解りやすいんですよねぇ……、本当に。