これは平成狸合戦ぽんぽこだ!

本日も、宮沢賢治『注文の多い料理店』。

暑いので、がぶ飲みメロンソーダです。よく分かんない道端の自販機で、よく見かけるやつです。

 

 

今回の稽古で決まったのは、ナレーションの合間に出て来る、看板の文字の読み方です。

最初はナレーターの戸塚くんがそのまま読んでいたのですが、山猫役の吉田素子さんが読むことになりました。

栗田さんから、「もっとAIの自動再生の音声のように読んでください」と指導が入ります。

なぜ、吉田さんに決まったかというと、吉田さんの声が1番機械から出る音声っぽくて上手かったからです。

 

 

看板の指示書きを、平板な、無感情な口調で読んで行きます。

 

 

「RESTAURANT 西洋料理店 WILDCAT HOUSE 山猫軒」

は、どうするんだ、という話になり、最初は英語の人と日本語の人が同時に喋るというのをやりましたが、意味不明なので、なしになりました。

 

「当軒は注文の多い料理店ですから どうかそこはご承知おきください」

と、早速日本的な注意書き。

 

そして紳士たちは、どんどんドアを進み、指示通り、服を脱いで、体にクリームを塗り、食べられる準備が進んで行くわけですが。

 

ここで、

「料理はもうすぐできます。十五分とお待たせはいたしません。すぐたべられます」

が来ます。

栗田さんから、ここでちょっと悪意を匂わせるように指示が入ります。無感情な機械音声でありながら、何か少し意図を感じるような、聞き手に裏の糸を感じ取らせるような、含みのある言い方。難しいですね。

 

 

そしていよいよ、

「大変結構にできました。さあさあおなかにおはいりください」

のところです。

ここは、「お部屋のお中にどうぞお進みください」という意味と「食べられちゃって、お腹に収まっちゃってください」というダブルミーニングがありますから、「おなか」の発音が難しいのです。

 

 

どちらとも取れるように読むのに、「こう〜、四分音符の×の音符に、1つずつにテヌートが付いてる感じで読んだら?」と言って、「わからん」と言われた、ノアさんです。

 

 

まぁ、要は、ヌメッと、1つずつの音を音程を持たせないように読むと、どちらとも取れるのではないか、という提案です。

 

今回の稽古では、BGMを掛けながら演技をしてみています。山に吹き荒れる風の音、ドアがバタンと閉まる音など。いっきにリアルな雰囲気になります。

場面に合う曲を探す、栗田ばねさんと、スズキヨシコさん。

 

 

これがなかなか難しいです。

普段は音源編集の段階で探していますが、収録した音源をいじる時間よりも、ぴったり来るBGMを検索したり視聴したりしている時間の方が、大半かもしれないです。

 

音楽においては、何もしない、吉田さんです。

 

 

ところで、考えてみると、この作品、つくづくジブリを感じます。もちろん、スタジオジブリ作品や、ジブリ以前のアニメ作品で、宮沢賢治さんの童話の影響があるのは有名です。『となりのトトロ』『平成狸合戦ぽんぽこ』『もののけ姫』など、動物が喋るお話からは、特にそれが感じられます。

今回感じたポイントは……

 

 

冒頭、山で遭難した際に、白熊のような2頭の犬が泡を吹いて死んでしまうというのですが、『もののけ姫』の山犬、モロの娘たち2頭が出て来てクライマックスのところで戦って死んでしまう場面を思い出します。

訳知り顔の軍服を来た男が、欲をかいて災難に遭うのも、『天空の城ラピュタ』など、よく出て来る構図です。

また、山猫軒そのものですが、『平成狸合戦ぽんぽこ』の中で、狐が経営するレストランに似ています。そろばんをかき鳴らして歌う狐さんが、バブルらしいコンパニオンを引き連れて、狸たちを接待するレストラン。最後は風でお札を巻き上げながら、レストランは空に飛んで消えて行きます。

自然と、都会化された拝金主義の人間が対立し、戦う構図は、ジブリアニメにはつきものですよね。

ただ、ジブリアニメの方では「共存する道はないのか」という色が濃いように思います。

『注文の多い料理店』では、山猫側が勝ち、人間側は恐ろしい目に遭って、顔が恐怖で元に戻らないという罰を受けます。

奇しくも、夢野久作の『きのこ会議』も、自然界のキノコたちと人間の対立を描いています。こちらは、キノコたちが「人間になど負けない」と会議をして、意気揚々と盛り上がっている直後に、キノコ狩りに来た人間の家族が来て、あっけなく踏み潰され、蹴散らされてしまいます。

『注文の多い料理店』は、自然の脅威の前で人間はやはりは無力であり、太刀打ちできない、という話、『キノコ会議』は、人間はやはり力があり、自然界をどうとでも破壊できるという話、と言えるでしょうか。

どちらも戦前、日本が文明開化し、急速に近代化し、第一世界大戦に勝った後に書かれたのですから、興味深いです。この頃、近代化・都会化に猛進する人類の驕りと、自然回帰の思想は、作家の心に影響を与えていたのでしょう。

 

 

しかし、これはCoariさんが発見したことなのですが、『注文の多い料理店』で、最終的に紳士を助けてくれるのは、動物側であるはずの犬たちなんですよね。遭難した最初に犬が死んだ時、飼い主である紳士たちは、ちょっとだけ瞼をめくって「僕は2400円、損した」「僕は2800円」などと冷たいことを言うのにもかかわらず。見捨てたペットに、救われるのです。これもとても不思議なエピソードです。賢治は何を思ってそうしたのでしょうか。

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