国木田独歩「竹の木戸」|これは江戸と明治の過渡期のお話だ!

稽古場日記
竹の木戸
稽古場日記

いつもと違う方向性の稽古になりました

所変わって、居酒屋さんにて、スズキヨシコさん、和華ちゃんと演出で稽古です。

和華ちゃんは文学の研究中なので、かなり内容が濃いものになりました。たまに、我々素人ではついて行けなくなりました。

  • 磯吉を許せる? 擁護できる?
  • 磯吉にも優しいところがある?
  • 頑張って磯吉のいいところを探そうとする人はわりとDVやモラハラの被害を受けやすいのでは
  • お源も未熟なところがあり、磯吉を買いかぶり、依存している
  • 大庭家の老母は、1人だけ江戸時代生まれかも
  • 「竹の木戸」は、江戸時代と近代化する明治時代との対立のお話なのでは

などなど、自由に話し合いました。

磯吉アンチ派ですか? 容認派ですか?

のあ「稽古場では、結構、磯吉を嫌いって言う人が多いんだけど

スズキ「そうだね。わりとうちのメンツは嫌い派が多いね」

のあ「勿論、自分の元彼と重ねて、お源に感情移入とか同情する人もいるし。基本的に無責任な人を是とはしなかったり」

和華「そうでしょうね」

スズキ「磯吉は、普通に考えてやってること酷いからね

のあ「そうそう。例えば、梅ちゃんが真蔵の役やりたいって言ったのは、まぁ、栗田ばねの方が磯吉に似合うというのもあるけれど、「僕は、何1つ磯吉に共感できるところが無い。むしろ自分はお源側になっちゃいそう」って言ってた」

和華「なるほど」

のあ「でも、一定数、磯吉に浪漫を持つ人がいるんだよね。ワークショップの時は嫌い派ばかりでもなかった。「磯吉はかっこいいと思う。職人なのよ」「お源は悪い男に惚れちゃったのよ」っていう人も結構いるし。論文でも、あれがあの時代の良き職人であるっていう論もある

スズキ「そうね。いたね、擁護派」

のあ「お源が磯吉を評価するシーンだけど。これを、お源の一方的な妄想だと……押しかけ女房だと思ってる人もいる。「磯吉はただ、黙々と食べて、寝て、本能のままに生きてるだけ。仕事だって、自分が食べて行ける分はしている。そこにお源が来たから生活が苦しくなる。仕事についても、親方とのやりとりなど、自分なりの信念を持ってバリバリ働いた様子が書かれている。お源が勝手に惚れて、理想を重ねて、期待したり裏切られたりしている」っていうことを言っている。論文は。あとまぁ、次の女も、磯吉が持ち掛けた話じゃなくて、また勝手に寄りついてくるほど、モテちゃんだろうと」

和華「それ! わたし、そっち派です

スズキ「いましたよ、ここに! お源にダウトな人」

のあ「いましたね。和華ちゃんそっち派ですか。影のある男に惹かれるタイプとか?」

お源の孤立と思考の飛躍

和華「いや、うん、わたしは磯吉ベースじゃなくて、お源ベースで、そう考えます。お源という、繭の中に包まれた人。お源は、狭い狭い繭を自分で作って、その中で自分が考えたことがその世界の中のルールの全てにしてしまう。主婦として家で1人で過ごして、周囲の人間関係も切ってしまう。自分の安全な繭の中では、磯吉が重要な登場人物になる。お源が見ているのは、磯吉の本質ではなく、お源フィルターが掛かった、虚像としての磯吉ですよ

スズキ「それはある。交流無かったら思考偏向的になるよね

のあ「あんな男に惚れちゃって、ってみんな(植木屋仲間の妻たち)からも思われてたみたいね」

じゃあ、磯吉ってイケメンだったと思う?

のあ「磯吉ってイケメンだったと思います? 大体、浪漫を持つ派、擁護派は……つまり雑に括ると「ダメンズウォーカー予備軍」は、読んですぐ自動的に、磯吉がイケメンとして脳内再生されるんだと思うのね。映画に出て来るDV男とかも大体イケメン俳優さんが演じるじゃないですか。「これに惚れたのは、まぁ、仕方が無い」と思わせる装置として。理想の見た目の人を捕まえて、中身はまぁ後から教育してそのうち変わって行くだろう、というよくある落とし穴」

和華「あぁ、どうだろう。もう1つ考えられますよね。磯吉は、本当にすっごい気持ち悪い男で。誰から見ても、別にかっこよくも無くてショボい、めっちゃ気味悪いし、仕事もできない。でもお源だけが、磯吉をかっこいいと思い込んで、「自分はその女だ」と誇っている。お源の繭ワールドでは、周りは磯吉に畏怖を感じて避けてるんだと思ってるけど、繭の外=現実は、まじでドン引きされてるだけ。

スズキ「新しい! 「磯吉、マジできもいだけ」説か

のあ「あり得るよね。磯吉の容姿についてどこにも書かれてないし。その解釈を否定する要素は本文には見当たらないね。確定する要素も無いけど」

スズキ「この説は初めて出たんじゃないかな、ワークショップも含めて、初めて」

ちなみに、磯吉を擁護する人はこんなポイントを見てます!

のあ「でも磯吉は優しい所もある、っていう人が、凄い所に目を付けるんだよね

スズキ「そう、びっくりするよね」

のあ「まず、頭が痛くて寝てるお源に、「どう痛むんだ、おい」と何回か声を掛けてる。ちゃんと心配してるんだ、と。あと、奥さんが寝てて家事やってても、責めることなく自分でちゃんと準備してると

和華「そこっすか! 気にも留めてないでしょ」

スズキ「無関心よね〜」

のあ「うん。でも、心配してもらってるのに返事してないのはお源だよ、と。あと、2人で布団共有してる時、磯吉の背中が出ている。お源に掛けてあげてるんだ、って言うんです」

和華「えー! そこ!?」

スズキ「そうなんだよぉ……」

のあ「大体、女性なんだけどね、そういう意見をくれたのは。心配になるよね、この考え方は。典型的なDVとかギャンブル依存のパートナーに対する「でも、いい所もあるんです、あの人」の視点だから。人のいい所を探すのは大事だけども。「もし本当にお源のことを思っていたら、新しい布団を2人、ちゃんと買えるよう、仕事すると思いませんか?」って問い返すと、みんな「あ……」ってちょっと目が泳ぐ。勿論、その人たちが間違ってるとも思わない」

和華「心配なんですよね」

のあ「そう、心配」

スズキ「まぁ、最終、何を言っても、犯罪を犯しているので、この男は。どれだけ擁護されても(笑)」

和華「犯罪はダメです」

のあ「お源が追い込んだからだ、っていう人もいるね」

和華「なんか、根が深いなぁ!」

老母は江戸時代の人?

スズキ「さて、和華ちゃんは老母の役ですが」

和華「祖母の喋り方と似てるんですよね

のあ「あ、そうなんだ」

和華「そうなんですよぉ」

スズキ「諄々と?」

和華「自分なりの理論を自分のペースで

のあ「素敵だねぇ」

和華「関東圏の古い人の喋り方なのかなぁ? あ、わたし、計算してみていいですか」

のあ「何を?(笑)」

和華「老母っていつ生まれなのかなって。(iPhoneを出し)まず、この作品が明治41年=1908年の発表です。まぁ同じ年に起きた話ってことで計算しましょう。年齢がある人、例えばお徳は23歳ですから明治18年=1885年生まれ。お源も同じぐらい。細君は29歳なので、明治12年=1879年生まれ。磯吉は27から28歳なんで、同じぐらいだけど正確じゃない。お清は妹だから細君より下だけど、お徳よりは上でしょうね。真蔵はこれ年齢が出て来ないんですが

スズキ「真蔵には、67から68歳の老母の子どもで、29歳の妻がいるよ。30代かなぁ。40代もありうる?」

和華「でも、これ、この話の構造上、真蔵って近代化の象徴として、明治生まれなんじゃないかって思うんですよね。磯吉との対比とか考えてもね。だから、役割としては、30代かなぁ

スズキ「老母わりと遅く生んだね。他に兄弟いるのかな

のあ「老母が隠居ってことは家督継いでるから長男だと思い込んでたなぁ。まぁ、細君も29歳だけど娘の礼ちゃん7歳だから。22歳で生むってことね。老母も特別遅くは無かったのかも

和華「じゃあ真蔵30代にしておこう。で、老母なんです。てことはこの人、1860-1861年ぐらいの生まれですから

スズキ「あ、1人だけ江戸時代生まれじゃん

和華「そうですね。アヘン戦争とか。天保改革とか。天保生まれです

のあ「よく考えたら凄いや。どこにいたか知らないけど。下手したら、上野の戦いとか見てるんじゃないの?(笑)」

スズキ「ペルリ見たかな、ペルリ(笑)

のあ「幕末と維新の生き証人だ。おばあちゃん。やっぱりちょっと、他のキャラクターと使ってる言葉が違うんだよな。やっぱり10-20代でその人の喋り方ってほぼ固定されると思うけど、そこから40年も経ってるからね」

スズキ「老母の娘時代気になるな」

のあ「スピンオフ「天保の娘 老母 ペルリと戦う」」

スズキ「老母なのに娘おかしいでしょ(笑)」

のあ「名前書いてないんだもん(笑)」

スズキ「あ、著作権切れてるから二次創作もありでしょ」

のあ「スピンオフ「礼ちゃん 女学校へ行く」、スピンオフ「磯吉 新しい女」、スピンオフ「増屋 のれん分け」、スピンオフ「お徳 もしも女中じゃなかったら」」

スズキ「磯吉の新しい女の目線からこの話を振り返るタイプのドラマとかも面白そうだよね

のあ「それ凄いオペラとかミュージカルの題材とかになりそうだな(笑)」

江戸 VS 明治

和華「やっぱりね、何かしら、明治時代の近代を象徴する人物と思想、相対して、江戸時代から残って来た物、みたいなのが、すごく対比されてると思う。それは真蔵と磯吉の対比であったり、大庭家と女中のお徳であったり、老母みたいな人であったり。これ、お源の死って、江戸時代の夢幻みたいなものがここで終わって、真蔵たち明治から大正へと移っていく者たちが前に前に淡々と突き進むっていうメタファーとも捉えられませんか?

のあ「近世から近代へ、ってこと? 思想的な移行? それとも本当に時代そのものの擬人化?

明治の街並みに残る、江戸時代の名残(江戸東京博物館にて撮影)

スズキ「お源は磯吉が盗んだ炭俵を脚継ぎに死んでるけど」

和華「それも何かのメタファーなんだろうか。江戸時代が自分で自分の首を絞めて終わる」

のあ「でも、明治って決してクールに始まったものじゃなくて、犠牲払ってグチャグチャに始まって我無者羅に戦争して突き進んでく感じがするけど」

和華「あぁ、そうかぁ。磯吉がそのまま江戸を引き摺って継続されてくラストもありますしね。それだけで説明はしきれないですね」

のあ「でも、作品中、エリート VS 日雇い労働者、真蔵 VS 磯吉、みたいな近代的発展と近世の名残がいびつに入り交じってるのが結構描かれてるのは確かだよね。」

真蔵=独歩の視点?

和華「なんか、一見、真蔵が独歩自身で、憂いているような感じするじゃないですか。独歩って凄い男尊女卑の人みたいですね

のあ「そう言われてるよねぇ。そのわりには真蔵みたいな人を書くんだよね。すごく女性に対してジェントルでしょ。口調とか。扱いが。まるで梅ちゃんにピッタリ」

スズキ「これ病床で最後の何作か書いてる時のやつだから、なんか弱って丸くなってるんじゃない?(笑)」

のあ「悟ったのか(笑) やっぱり作品と作者本人って、一致しないな、いつも」

和華「そうですね。別物ですね」

参考リンク

作品の視聴、他の記事へのリンクはこちらから↓

作品の、わかりやすいあらすじは、こちらから↓

作品に登場する古い言葉、難しい言葉の読み方や意味の解説はこちらから↓

作品本編はYouTubeでも配信中↓

国木田独歩 竹の木戸 (上) - 劇団のの 朗読・ラジオドラマ|Doppo Kunikida "The Bamboo Gate" 1/3 – Japanese Reading
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