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夫婦仲良く収録でした

本日は、長らく稽古してきた横光利一『春は馬車に乗って』のキャスト、夫と妻の収録です。

なぜか、駆けつけてくれた栗田ばねさん。一切出演していませんが、来てくれました。

 

 

その栗田さんが書いた本日のメニュー。

 

 

9:00 朝礼

9:20 朝会

9:35 歌会 始

9:50 福井県知事 表敬訪問

10:30 世界崩壊

11:20 おやつ会

11:22 お皿洗い

11:25 駐日南アフリカ大使 表敬訪問

11:35 歯ミガキできるかな?

11:50 Lilico 映画コーナー

12:00 お疲れさまでした!!

 

よくわかんないけど、がんばります!

 

それでは早速、プログラム1、朝礼と並行して、マイクのセッティングを行います。

さて、この2人が何をしているかと申しますと。

 

 

妻の役を演じる、溝端育和ちゃんのマイクをセッティングしております。

 

 

 

稽古の時から、病床の妻を演じるために、仰向けに寝て演技をしてきた育和ちゃん。収録ももちろん同じ姿勢です。

マイクがスポッと抜けておでこに当たりそうで、怖いらしいです。

 

 

遠くから見ると、ちょっとシュール。

 

 

さて、こんな様子で、収録が開始されました。

そろそろ、並行して、福井県知事の挨拶が始まる頃でしょうか。はるばるこんな遠くの、しがない稽古場までお越しいただいて、光栄です。

 

 

妻、いないんじゃないかと思ってしまいますが、頑張ってセリフを読んでいます。

 

 

収録の傍、栗田ばねくんは、台本をチェックして、セリフが間違っていないか、飛ばしていないか、などを確認してくれています。

 

 

チェックする傍、10:30の世界崩壊に向けて、身体づくりをしています。

 

 

ちなみに、妻のかすれそうな声、咳き込む音、すごいリアルで、わたしたちは感動したんですけど、育和ちゃん曰く。

育和「いや、素で、昨日風邪引いたんですわ」

だそうです。

役作りで喉を涸らしたのかと思いましたが、本当の本当に、アクシデントでやられたそうです。

育和「こりゃあ妻の役で良かったですわ」

 

 

2人のキャストの声を同時に調整できて、モニターできるようになったので、とても便利です。

 

 

妻のセリフ全てを終え、夫の心の声を録音している間、おやつタイムの育和ちゃん。

 

 

あれ? 11:20のおやつタイムが、合致しました。

 

 

さて、お皿洗いと並行して、トークが始まりました。

 

 

 

和やかに駐日南アフリカ大使との交流が続いている傍、和やかに盛り上がっております。

 

 

 

11:35 歯ミガキできるかな?

 

 

 

11:50 Lilico 映画コーナー

 

 

12:00 お疲れさまでした!!

 

 

後半は、メニューのこなし具合がやや駆け足となりましたが、無事に収録を終了することができました。

全プログラム終了後は、みんなでごはんを食べに行きました。

育和ちゃんは、インターネットで確認できるヤクルトスワローズの成績があまり奮わなかったため、元気がありませんでしたが。

 

 

これは、元気な2人が作った、オブジェです。

 

 

 

身体の状態は心の状態

本日のお昼ごはんは、モスバーガー。
梅田拓くんから、楽しいごはんの様子の写真が送られてきた! と思ったら、何ですか、これは。

タイトル「Google Earthに映り込んで、顔が歪んだ人」

そして、本日のお菓子は、やめられない止まらない、かっぱえびせんです。本当に、やめられないし、止まらないですね。この系統のお菓子って。

劇団ののが配信するYouTube、NonoTubeの準備中の我々。「タモリ俱楽部」さんで、高性能マイクで咀嚼音を録音する番組の影響を受け……かっぱえびせんを、スマホに向かってボリボリ食べてみたんですが、なるほど、いい音しますね。スマホですら、ボリボリ噛む音、呑み込む音、くちゃくちゃ音までしっかり入って来る。これは一体、高性能マイクだとどうなっちゃうんだ!?
しかし、かっぱえびせんを、じゃがりこのCM風に食べるという、失礼な真似をしてしまいました。反省します。

午後は、横光利一『春は馬車に乗って』の練習です。

『春は馬車に乗って』に登場する妻と夫。これは、横光自身と、その病気の妻がモデルになっています。
それにしてもこの作品……最初から既に妻が病気になっている。元気がないのです。2人の会話の空気は重くなりがち。人格も暗くなりがち!
その割に、結構ふざけた会話をするので、いまいち、役作りが難しいのです。
というわけで、まだ妻が病気ではなく、元気だった頃、新婚生活を始めた頃がモデルとなっている『慄へる薔薇(ふるえるばら)』を、練習しました。
元気だった頃の2人の会話が、2人のベース人格の役作りのヒントになりそうです。

キャストが順番に入れ替わりながら、妻と夫を演じます。
劇団ののでは、色んなキャストが思い思いに演じるのですが、その中に、ヒントやアイディアが転がっています。

チャラめの夫ヨシコと、心配性の妻ゆうと。

豪快な夫もちこと、チャーミングな妻ばね。

チャラめの夫ヨシコと、おきゃんな妻もちこ。

ちょっと軽快になった本家の夫うめちゃんと、初回より明るくなった妻ゆうと。

栗田ばねさんが、ナレーションを務めてくれましたが、何故かアニメ『ちびまる子ちゃん』のキートン山田さん風に読んでくれました。

「後半へ続く」って言いそうな勢いでした。

ここで、演出は時間の都合で後ろ髪引かれながら稽古を抜けたのですが。
電車に乗っていると、もちこさんから稽古のその後の様子の写真が……。

寝てる……。

え、どうしたどうした!?

劇団ののは、たった30分の不在中に宗教団体になったのかと思いました。大地の力を感じる、的な。

なんか……1人だけ立って、手、差し伸べてる、指導者っぽい人もいるし。

と思ったら、これには理由があるそうで!

病床に寝たきりの、妻の気持ちを、みんなで体験していたのだそうです。

これは、とても良かったようですよ!
さっきまで『慄へる薔薇』で元気に歩き回いていた、妻。『春は馬車に乗って』では、ほとんど横になった状態になる。
仰向けになっていると、天井しか見えず、大きな声も出しづらいようです。身体的な拘束は、精神的な拘束にも繋がります。やっぱり、視界や動ける範囲が狭まると、自分の身の回りだけ、夫だけが社会になり、失うことに不安を覚えて執着したり、自由な夫に対して嫉妬したり、他に発散するものがなくて夫に八つ当たりしたり、してしまうのではないか……本当にそんな気分を体験できたようです。

朗読の練習ですが、やはり身体表現とも密接に関わっている。そんなことを実感した日でした!

喧嘩?イチャイチャ?

神妙に話し合うメンバー

本日のお菓子は、メンバーの独断と偏見により、治安の良いお菓子から、治安の悪いお菓子の順番に並んでおります。

ピザポテト → パイの実 → じゃがりこ → なんだか高級なチョコレートおかき

本日は、横光利一の『春は馬車に乗って』、夫の稽古をしました。

『慄へる薔薇』では、夫の役が1番難しいかもしれません。 このお話は、既に妻が病気になっているところから始まります。

“闘病もの”……と考えると、夫が献身的に妻のことを心配し、優しくし……と想像するのですが。この夫は違うのです。

妻の病状が悪くとも、結構ふざけた口調で話しかけたり、今風の言葉で言えば「煽り」とでも言うのでしょうか、神経を逆撫でするような、おちょくるようなことを言うからです。

現代で言うと、何でしょう? 「ツンデレ」というやつでしょうか。
素直になれない、わざと煽るようなことを言う、ヒロインが「もう、なによ〜」と言う、または、さらなる機転のきいた返しをする、みたいなやりとりになっています。
また、少なからず、こういうカップルのやりとりを「萌え」とするコンテンツも、ありますよね。っていう話をしました。あだち充漫画の主人公、『名探偵コナン』工藤新一、『花より男子』の道明寺司などは、典型的なパターンでしょうか。木村拓哉さんが演じるドラマの主人公も、そんなキャラクターが多いような気がします。

1つのコミュニケーションのジャンルとして、成立しているような感じです。

そういえば、芥川龍之介『秋』に登場する、芥川龍之介本人ぽい人物、俊吉と、ヒロイン信子、妻の照子のやりとりも、そんな感じでした。
この時代から、西洋風の皮肉を言い合うのが、何かスタンダードだったのでしょう。西洋の喜劇などの影響もあるのでしょうか?

一言で言えば、愛情表現が回りくどいのです!

しかし、『春は馬車に乗って』の中でそのペースをつかむのは、なかなか難しいのです。闘病中/看病中だと思うと、どうしても暗くなりがちなので、明るいセリフや煽るセリフが、しっくり来ないのです。

そこで、同じ横光利一の妻シリーズから、『慄へる薔薇』を読むことにしました。 『慄へる薔薇』では、まだ妻が病気になっていません。貧しい新婚生活を始めたばかりの利一と妻がモデルになったお話です。会話が中心となっています。

話しているうちに、相手の言葉尻を捉えてどんどん論点がずれて行ったり、察してほしいあまりに曖昧な表現を使ったり、期待通りの返事が返ってこずにやり合いを続けてしまったり。

夫役の梅田拓くんは「僕ねぇ、これ読んですごい解った気がする。すごい解った。こういう人たちね、いるよね」と、何度も深く頷いていました。

梅田くんが、ネット記事で読んだ、夫婦の話をしてくれました。キレやすい夫と、それを気にしていた妻が、そのことをきちんと指摘し、キレてしまった時に必ずそれについて理論的に深く話し合うようになったら、夫がキレなくなった、という話です。
「キレるような旦那さんだから、じゃあ離婚すれば? とかじゃなくて、他の部分ではちゃんと仲良くて、成立してる2人で。だから、この『慄へる薔薇』の会話も、文章だけで見ると、喧嘩してるのかな、って思ったりとか。なんでここでこんな嫌味を言うのかな、素直に言えばいいのに、なんて思ったりするんだけど。僕はどちらかというと、不満や不安とかは全部ちゃんと言葉にして徹底的に説明してほしい方だから。でも、この会話を、また違う人が聞くと、結局仲良しなんだろ、イチャイチャしてんじゃねぇよ、なんていう見方もあって。」

やはり、そういうものが1つ、“いじらしい” “キュンキュンする” 会話のスタイルとして確立してるんだな、と思いました。概ね、カップルの会話など、そんなものなのかもしれません。

2人の会話には、回りくどい愛情の美学が、凝縮されているようです。